京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。

『お客さん、試飲していく?』


今度は若い売り子のお姉さんに声をかけられた。


程よく酔っていた春菜はもう断ろうと思ったのだけれど、ついつい手が伸びてしまう。


今日だけ。


今日だけは特別だから。


明日になったら仕事を探したりしないといけないんだから。


そんな風に自分に言い聞かせていた。


『どうしたの、なにか辛いことがあった?』


店の人にそう聞かれるまで春菜は自分が泣いていることに気が付かなかった。


『いえ、別に』


そう言って手の甲で涙を拭う。


お酒は格別に美味しくて飲み込んだ後も自分の唇をペロリと舐めた。