私は廊下の方を顧みる。幸い、他の看護師は誰もこっちに向かってこない。
「どうしたんですか」
ドアを閉め、声をひそめる。進藤先生はいたずら成功と言わんばかりに、ニッと口角を上げた。
「点滴が終わりそうだから、教えてあげようと思ってね」
「ええ? まだ少しあるじゃないですか」
点滴のバッグには、まだ三十分はもちそうなくらいの薬剤が残っている。
「というのは、他の誰かが来たときの言い訳で」
進藤先生は私のそばに近寄る。思わず身構えると、彼は目の前でぐっと背を丸めてささやく。
「今日は定時で帰れそうか?」
頬のすぐ近くでささやかれ、熱が出たように顔が火照る。
「は、はい。なんとか」
緊急入院があったとしても、今からは遅番の看護師が対応する。私は自分の仕事を片付けたら終わり。
「その後用事は?」
「なにもありません」
「じゃあ、着替えたら駐車場集合で。この前と同じ場所に車を停めてあるから」
「えっ」
それは、いったいどういう……。
戸惑う私の肩を抱き寄せ、進藤先生がさらにささやいた。
「食事に行こう。君に俺のことをもっと知ってほしい」
鼓膜を震わせる、甘い声。
先生はそっと手を放し、先に部屋を出て行った。
後には消毒のアルコールのようなにおいだけが残った。



