「え?」
「もし君に再び逢えたら、渡そうと思っていたものがある」
一度私から離れた彼が、懐から何か小さな箱のようなものを取り出す。その箱が今の話と一体どうやって繋がるのか分からなくて、回転の鈍い頭を一生懸命に動かす私の前に、夕日を受けて美しく輝く、――――銀色の輪が差し出されて。
「俺を……紗世の夫と、この子の父にしてほしい」
「……!」
それが指輪であることを理解するまでに、数秒にも永遠にも思える時間を要した。
はく、と酸素を吸い込み損ねた唇と喉が喘ぐように震える。信じられないものを目の当たりにすると、人間は声も出なくなるのだと身をもって知った私は、ただ立ち尽くして彼が差し出してくれた指輪、――――婚約指輪とおぼしきそれを見つめ続けた。
『どうして』と『そういうことだったのか』がないまぜになる頭の中に、景光さんの柔らかい声音が染み込むように入ってくる。
「本当は、君のハウスキーパーの契約が切れる日にプロポーズをするつもりで……月村には相談に乗ってもらっていたんだ。思えば、あの日確かに紛らわしい言い方をしていたような気もするな……」
差し出された指輪の前に、私の左手がゆっくりと持ち上げられていく。壊れてしまいそうなほどに締め付けられる心臓のせいで、左手は微かに震えていた。
景光さんの瞳が、私を覗き込む。私の中に答えを見出そうとするかのような、願いが叶う瞬間を切望するような、そんな瞳。
それを見た瞬間に、私の心は決まったのだ。
「紗世に出逢ったときから、俺の心は君のものだ。……受け取ってくれるか」
「っ、……はい」
「こんなところでプロポーズするような男ですまない」
「……ふふ、それもそうですね」
ここは商店街の一角で、少し後ろには私が手放したエコバッグが転がったまま。私は買い物に行くための適当な格好だし、化粧だってせいぜい顔が見られるようになる程度のものしかしていない。それでも良かった。貴方が、私を見つけてくれたのが今で、この場所だったのだから。
左手の薬指に嵌められる指輪。再び優しく身体を引き寄せられ、緩く鼻先が擦り合わされる。ゆっくりと近付いてくる唇の熱を感じながら、私は目を閉じる。
このプロポーズを私は一生忘れないだろう。
「もし君に再び逢えたら、渡そうと思っていたものがある」
一度私から離れた彼が、懐から何か小さな箱のようなものを取り出す。その箱が今の話と一体どうやって繋がるのか分からなくて、回転の鈍い頭を一生懸命に動かす私の前に、夕日を受けて美しく輝く、――――銀色の輪が差し出されて。
「俺を……紗世の夫と、この子の父にしてほしい」
「……!」
それが指輪であることを理解するまでに、数秒にも永遠にも思える時間を要した。
はく、と酸素を吸い込み損ねた唇と喉が喘ぐように震える。信じられないものを目の当たりにすると、人間は声も出なくなるのだと身をもって知った私は、ただ立ち尽くして彼が差し出してくれた指輪、――――婚約指輪とおぼしきそれを見つめ続けた。
『どうして』と『そういうことだったのか』がないまぜになる頭の中に、景光さんの柔らかい声音が染み込むように入ってくる。
「本当は、君のハウスキーパーの契約が切れる日にプロポーズをするつもりで……月村には相談に乗ってもらっていたんだ。思えば、あの日確かに紛らわしい言い方をしていたような気もするな……」
差し出された指輪の前に、私の左手がゆっくりと持ち上げられていく。壊れてしまいそうなほどに締め付けられる心臓のせいで、左手は微かに震えていた。
景光さんの瞳が、私を覗き込む。私の中に答えを見出そうとするかのような、願いが叶う瞬間を切望するような、そんな瞳。
それを見た瞬間に、私の心は決まったのだ。
「紗世に出逢ったときから、俺の心は君のものだ。……受け取ってくれるか」
「っ、……はい」
「こんなところでプロポーズするような男ですまない」
「……ふふ、それもそうですね」
ここは商店街の一角で、少し後ろには私が手放したエコバッグが転がったまま。私は買い物に行くための適当な格好だし、化粧だってせいぜい顔が見られるようになる程度のものしかしていない。それでも良かった。貴方が、私を見つけてくれたのが今で、この場所だったのだから。
左手の薬指に嵌められる指輪。再び優しく身体を引き寄せられ、緩く鼻先が擦り合わされる。ゆっくりと近付いてくる唇の熱を感じながら、私は目を閉じる。
このプロポーズを私は一生忘れないだろう。
