「……こんな簡単なことをだったんだな。告げたら君に逃げられてしまうかもしれない、なんて考えて逃げていたのが情けない」
景光さんの硬い指の腹が唇を辿り、反応を求めるかのように僅かに爪の先を食いこませてくる。全てを打ち明けてくれたのだと分かる、どこか切なげで晴れやかな笑みが彼の唇を彩っていた。
どこまでも真摯な景光さんの言動が私の心を大きく揺さぶる。ここまで言われてしまえば、これ以上真実を黙っていることなんてできそうもなかった。
二度、三度と呼吸を繰り返して、覚悟を決める。舌先で編んだ言葉は、ひどく震えていて頼りない響きをしていた。
「……私も、本当はずっと言わなければならなかったことがあるんです。この子の、父親のことなんですけど」
「ああ」
「私、この子を……景光さんと出席したパーティーの日の夜に身ごもったんだと思うんです」
「は……」
言葉を失った景光さんが、じっと私の瞳を覗き込む。その優秀な頭の内側で、色々な計算が行われているのが見えるような気がした。
きっと、景光さんはあの夜のことを覚えてはいたのだろう。ただ、本当にあったことなのか確信が持てるほどの記憶ではなく、私が妊娠を報告したときに『恋人がいる』と言ったことによって、余計にあやふやになってしまったのかもしれない。
やがて彼は、私の肩を掴んで絞り出すような声で言った。
「待ってくれ。……あの日、俺が君を抱いたのは、俺が見た都合のいい夢だったか?」
「……いいえ。私も見ました、その都合のいい夢を」
私も同じ想いだったのだと言外に伝えると、景光さんの表情がくしゃりと歪む。後悔と罪悪感、そして悦びが絶妙なバランスで混ざり合った複雑な表情。景光さんは罪人のように項垂れながら、再びゆっくりと口を開く。
「本当に、すまなかった。……今更謝ってもどうにもならないだろうが」
「いいんです。そもそも分かった時点で言うべきでした。……私も、貴方の負担になりたくないなんて言い訳して、ずっと逃げていましたから」
だから、おあいこです。
キスしてしまいそうな距離で、私たちの視線が絡み合う。人気の少ない商店街の一角なのに、黄昏に照らされる景色が、泣きたいほどに胸に迫ってきて。
景光さんの硬い指の腹が唇を辿り、反応を求めるかのように僅かに爪の先を食いこませてくる。全てを打ち明けてくれたのだと分かる、どこか切なげで晴れやかな笑みが彼の唇を彩っていた。
どこまでも真摯な景光さんの言動が私の心を大きく揺さぶる。ここまで言われてしまえば、これ以上真実を黙っていることなんてできそうもなかった。
二度、三度と呼吸を繰り返して、覚悟を決める。舌先で編んだ言葉は、ひどく震えていて頼りない響きをしていた。
「……私も、本当はずっと言わなければならなかったことがあるんです。この子の、父親のことなんですけど」
「ああ」
「私、この子を……景光さんと出席したパーティーの日の夜に身ごもったんだと思うんです」
「は……」
言葉を失った景光さんが、じっと私の瞳を覗き込む。その優秀な頭の内側で、色々な計算が行われているのが見えるような気がした。
きっと、景光さんはあの夜のことを覚えてはいたのだろう。ただ、本当にあったことなのか確信が持てるほどの記憶ではなく、私が妊娠を報告したときに『恋人がいる』と言ったことによって、余計にあやふやになってしまったのかもしれない。
やがて彼は、私の肩を掴んで絞り出すような声で言った。
「待ってくれ。……あの日、俺が君を抱いたのは、俺が見た都合のいい夢だったか?」
「……いいえ。私も見ました、その都合のいい夢を」
私も同じ想いだったのだと言外に伝えると、景光さんの表情がくしゃりと歪む。後悔と罪悪感、そして悦びが絶妙なバランスで混ざり合った複雑な表情。景光さんは罪人のように項垂れながら、再びゆっくりと口を開く。
「本当に、すまなかった。……今更謝ってもどうにもならないだろうが」
「いいんです。そもそも分かった時点で言うべきでした。……私も、貴方の負担になりたくないなんて言い訳して、ずっと逃げていましたから」
だから、おあいこです。
キスしてしまいそうな距離で、私たちの視線が絡み合う。人気の少ない商店街の一角なのに、黄昏に照らされる景色が、泣きたいほどに胸に迫ってきて。
