「だ、大丈夫ですか……!?」
「ああ……なんとか。ただ、スーツは駄目そうだな……」
 バスタオルを抱えて駆け寄った私に、景光さんが苦笑を零す。あんまりな惨状に慌てていた私は、そのまま彼をバスタオルで包み込み、急いで拭いていった。雨の滴る髪や絞れそうなシャツ、冷えた指先まで一心不乱に拭いていると、途中で堪え切れなかったような笑い声が頭上から降ってきて。
「景光さん?」
「いや、君に拭いてもらえるのは気持ちがいいなと思って」
「っ、あ……ご、ごめんなさい!」
「あっ、こら、待て」
 なれなれしかったかも、と離そうとした私の手の上に、彼の大きな手のひらが乗った。甲の部分を優しく押さえ込まれて、濡れたタオル越しに景光さんの髪や輪郭の感触が伝わる。
 バスタオルを頭から被った景光さんと、その頭に手を伸ばす私の距離は、手のひら一つ分。彼が少し屈むか、私が少し背伸びをすれば、鼻先同士が触れ合ってしまいそうな距離だった。はっとして身を引こうとしても、手を押さえ込まれている状態ではそれ以上離れることもできない。
 退路を断たれた私がおそるおそる視線を上げると、彼はうっそりと微笑んでこちらを見つめていた。
「止めないで。……このまま、拭いてくれ」
「っ……」
「恥ずかしい?」
 くす、と彼の喉が鳴る。これも、つわりが始まってからの数ヶ月の間に見るようになった、景光さんの新しい顔だった。たまにこうして、私を追い詰めるような『いじわる』をしてみせるのだ。彼の顔と、声と、言葉選びと、――――つまるところ彼の全てに弱い私からすれば、この攻撃はよく効いた。
 私の気持ちがばれているんじゃないかとも思ったけれど、景光さんは分かったうえで揶揄ってくるような底意地の悪い人じゃない。ただ単に私の反応が面白いから、コミュニケーションの一環でこうしているだけなのだろう。前から少し、そういうところがあったし。
 そうやって自分を納得させて、私は再び手を動かし始める。