ただこの家に料理を作りに来ているだけの元秘書に、どうしてここまでしてくれるのか、私にはよく分からない。彼の口ぶりからして、きちんと妊娠やつわりのことについて調べてくれたのだろう。景光さんからすれば、私のお腹の中にいる子は全然関係のない子どものはずなのに、――――こんなふうにされると、この子が景光さんに望まれているような気がしてきてしまって。
「ありがとう、ございます……」
 胸が痛いぐらい締め付けられて、お礼を言う声が微かに掠れる。
 妊娠が分かってから二週間弱。思えば私は、この間ずっと気を張っていたのだと思う。誰にも頼れない、自分でどうにかするしかない、自分がしっかりしないと、って。その一方で『自分が妊娠している』ということを頭では理解していても、心では上手く飲み込みきれていなかったのだろう。思えば、自分で妊娠の症状について調べたり、対策したりすることもなかった。お腹の中の赤ちゃんにとって、私はきっと頼りなくて情けない母親だ。独りではこの子を支え切ることができなくて、上手く立っていることすらできない。
 だからこそ、景光さんが色々考えてくれていたことが途方もなく嬉しかった。独りでこの十月十日を戦わなくていいのだと、寄り掛かってもいいのだと言われているような、そんな感覚。
「これぐらい気にしないでくれ。俺がしたいからしているだけだ」
 ふ、と笑った景光さんが、私の肩口にそっと額を押し当てる。後頭部へと滑ってきた彼の指先が髪を強めに掻き混ぜて、くしゃりと擦れるような音を立てさせた。
「ああ、それから料理のことなんだが……その状態で煮炊きするのはきついだろう。明日からは俺の分も無理せず作れるものだけか、ひどいときは作らなくてもいい。ちょうどいい運動になるだろうから、ここに通うのは続けてくれると嬉しいが」
「えっ……! そ、それは駄目です! お金だって頂いてるのに……」
「君はいつも掃除や、植物の世話もしてくれてるだろう。それだけで充分対価分の仕事はしてもらってる」