ゆらめきながら細く立ち上る湯気は、トマトの香りで食欲をそそる。
 私は自分が作った夕食をお皿に盛りつけながら、無事に料理が完成したことに胸を撫で下ろしていた。
 作ったのは、鶏肉とブロッコリーのグラタンにミネストローネ、それから生ハムのサラダだ。城阪社長の好みが分からない以上、あまり奇抜な料理は選べないので無難なものを。それから外食疲れを起こしているということだったので、肩の力が入りすぎていないメニューにしてみたのだけれど、――――こういうことで良かったのだろうか。
「……やっぱり、お洒落な料理のほうが良かったかな」
 本当はぎりぎりまで、もっと見栄えがよくて洒落た料理にするか迷ったのだ。でもやっぱり、ハウスキーパーを依頼されたときのことを思い返すと、食べたときにほっとするような料理が合っているような気がしてしまって。
「……」
 まあ、もう作ってしまったものはどうしようもない。もし外してしまっていたら、明日挽回させてもらおう。
 そうやって気持ちを切り替えて、既に焼き上げていたグラタンの器の横に、よそったばかりのミネストローネを並べる。カトラリーも並べておこうと振り返った瞬間、がちゃりと聞き覚えのある音がした。
「……あ、」
 人の気配と、衣擦れの音。
 ぴしりと固まった私を余所に、体重の乗った足音がゆっくりとリビングへと向かってくるのが分かった。ややあってリビングと廊下を繋ぐドアが開き、その向こうから思っていた通りの人が顔を覗かせる。
「ただいま」
 は、と零した息は、音に成る前に空気へと溶けた。
 そこにいたのは、予想していた通り城阪社長だった。鍵を持っているのは私と彼だけなのだから当たり前で、それ自体に驚く要素は何もない。
 私が驚いたのは、会社で見るよりもほんの少しだけ疲れた顔をした彼が、エプロンを付けてカトラリーを握り締めている私を見て、――――蕩けるような笑みを浮かべてみせたことだった。