「……あっ」
 はっと気付くと、既に時間は十四時を少し過ぎてしまっていた。私は内心でしまったと呟きながら、急いで荷物を下ろす。今日から始まる『ハウスキーパー』の業務は、一応始業時間が十四時、終わりの時間が二十時半と決まっている。朝早くから働いていた秘書の頃と比べると、随分とゆとりのあるスケジュールだ。こんなに短くていいんですか、と何度も聞いたのだけれど、城阪社長は『身重の君に無理はさせられない』の一点張りだった。
 それなら、最初から私なんて捨て置いてくれて構わないのに、――――そう言ってしまえば、流石に彼に失礼だと分かっていたから、私はそこから何も言えなくなってしまったのだ。
「ええと……買い物、時間のかかる仕込みを終わらせて、掃除、植物に水もあげて……」
 頭の中で予定を組み立て、それを口にするのは秘書として働き始めてすぐの頃の癖だ。前に勤めていたブラック企業の名残り。ミスをしないように、怒られないように、繰り返し確認するための儀式。慣れない仕事をやるときは、どうしても出てきてしまう癖だ。
 先に冷蔵庫をチェックすると、『料理をしない』という自己申告に違わず、冷蔵庫の中身は随分と寂しいものだった。調味料類やお米などが一通り揃っているのだけが救いだろう。何を作ろうかと頭を捻りながら、私はふと思う。
 ――――そういえば、城阪社長ってどんな料理が好きなんだろう。
「……私、社長のこと何も知らないんだな」