「…話とは、」
「業務中に個人的な話をしたくはないが」

今朝のことだろうか。合鍵を返せということだろうか。そう言われてもいいように、今ジャケットの中にそれを忍ばせてきた。
威圧的な視線から一気に柔らかいものへと変化し、琴葉を見つめる柊は珍しく言葉を詰まらせていた。
(迷惑だよね、やっぱり)
あのまま告白などせずにいたらよかったのに、出てしまった言葉を戻すことはできない。

「琴葉、俺は…―」
途端、会議室のドアが開いて女性が入ってきた。
「あ、すみません…」
琴葉と柊を見て気まずそうにしている女性は確か総務部の人だ。
もしかしたら昼休み休憩はいつもこの会議室を使用しているのかもしれない。柊も昼休憩だから会議室の予約はしていないだろう。

「じゃあ、その話はまた別で…」
「…」

とりあえずこの場をその女性に譲り、琴葉と柊は会議室を出た。
無言で営業部のあるフロアへ戻るが廊下だというのに「琴葉」と下の名前で呼ばれた。
肩越しに返事をすると

「今日は俺の家で待ってる」
「…え」
「合鍵渡しただろう。遅くなってもいい。今日は制作部と一緒に立ち会いだろ」
「そうですが…」
「待ってる」

そう言われ頷くこともできずに立ち尽くしていた。
「不破マネージャー、いたいた!電話来てますよ」
「わかった。今行く」
ちょうど柊を探してウロウロしていた奏多が大きな声で彼を呼ぶ。琴葉を一瞥してその場を去る柊の背中を見つめながらしばらくはその場から動けなかった。