「あ…あの…お茶でも飲んで行きます?」
言ったあとになって後悔した。
何だかひどく安っぽい言葉に聞こえて、
これじゃさっきバーで店長を熱烈に慕っていたあの子と同じだよ。
僅かに俯くと
「じゃー、ちょっと歩こうか。自販機でコーヒーでも。缶コーヒーだけど」
ミケネコお父様は暗く広がる路地の方を指差し。
―――ガコンっ
自販機の中で缶コーヒーの落ちる機械的な音を聞いて、現実に戻った気がした。
「はい」
あったかいコーヒーを手渡されて、私はそのコーヒーを手の中で包んだ。
近くに公園があり―――
そこが以前黒猫と夜のお散歩に来た場所だと気づくのに、そう時間は掛からなかった。
二人で古びたベンチに座り、お父様はコーヒーの缶に口を付けながらタバコを取り出した。
「紗依とはじめて会ったのは二十歳のとき。僕が専門学生のときだった。
紗依は近くの女子大に通ってて、何度かバスで一緒になったんだ」
お父様は唐突に喋りだした。
バスの中での出会い―――
「ロマンチックですね」
微笑ましい光景を思い浮かべ、思わず微笑を浮かべるとお父様も頬を緩めた。
「ある日偶然近くに居合わせた紗依と二人席に相席になったんだ。
座ったときは何の下心もなかったけど、春先でねー…窓がちょっと開いてて
ふわって彼女の髪がなびいて香ってきたんだ。
ライラックの香りが」
それは文字通り思い出の香り―――
お父様にとっては生涯忘れることのない、
愛おしい香り。



