今さら拒否権なんてない──そう言われているみたいな、強引なセリフ。



「ほら。こっちこい」



なのに、わたしから動くまで待ってくれる。

その矛盾が、余計にドキドキする。


……どうしよう。


彼の大きな手が差し出される。

わたしがその手をとらないことはないだろうと、信じて疑ってない様子。


……ちょっぴり悔しいけれど……。

彼の思惑通り、……わたしの中には、この手を跳ね除ける選択肢なんて、ないんだ。


わたしはおずおずと自分の手を重ね、手伝ってもらいながら、後ろのシートになんとか跨った。

足が地面を離れて、……もう、後戻りができない状態。

バクバクと早まる鼓動を抑え込みながら、目の前に広がる大きな背中に手を伸ばす。

服をキュ、と握ると、笑い混じりの声が降ってきた。



「落ちんぞ」



同時に手首を引かれて。

ひゃっ、と小さな悲鳴を上げながら、わたしは彼の背中に寄りかかった。


腰にしっかりと手を回すように誘導されて、隙間がないくらいにぴったりと密着する形になる。

彼の香りに包まれて、距離の近さを思い知らされ、また心臓のうるささが増す。


……こんなにくっついていたら、きっと、背中越しに伝わっちゃってるだろうな。

だけど今さら、離れられない。

言われたように、落ちて大怪我なんてことになったら大変だから。


わたしは腕に力を込めて、せめて恐怖だけでも紛らわせられるように、彼に意識を集中させることにする。



「離れんなよ」



そんな甘い響きを最後に、激しいエンジン音が、わたしの鼓膜を支配した。