「待っちゃった?」

「んや」



短い返事と同時に彼の手が伸びてきて、わたしの手首を捕まえる。

流れるような動作で、優しく目の前へと引き寄せられた。


昨日の続きだとでもいうように、たちまち周りの空気がふわりと甘いものに切り替わった気がして。

顔がだらしなく緩みかけたのを、ぐぐっと堪える。



「何時まで外にいれんの?」

「な、何時でも……」



考える間もなく言うと、呆れたように笑われた。



「さすがに家の人が心配すんだろ」

「……誰もいないから。大丈夫だよ」

「出かけてんの?」



わたしはふるふると首を振る。



「ひとり暮らしなの」



答えが予想外だったのか、彼の瞳が少しだけ丸まった。



「へえ。……まーでも、日付超える前には帰すわ」



わたしは素直にコクリと頷いた。

その裏で、終わりの時間が決められたことを寂しく感じちゃったのは、ひみつ。


……ほんと、どうかしてる。


心の中で自嘲していると、ふいに頭がずん、と重たくなる。

その重みに驚いて顔を上げれば、彼の指先がわたしの顎のあたりに触れてきて──。


ヘルメットを被せられたんだってわかったときには、しっかりとストラップを締められていた。

はじめて感じる、頭を覆う窮屈な心地に、心臓まで締めつけられたように固くなる。



「ま、まって、……まさか……」



目の前のバイクを見て、いやな予感がした。


──む、無理むり……っ。

だって、乗ったこと、ないもん。


戸惑いを一切隠すことなく、彼を見つめると。

妖しく印象的な微笑みが返される。



「今日は最初から、お前のこと攫うつもりで来たんだよ」