Ephemeral Trap -冷徹総長と秘めやかな夜-



返事の代わりに、わたしはガタリと席を立つ。



「ごめん。お待たせ」

「……ううん。そんなに待ってない、よ」



教室にまだ残っていた数人の視線が、こちらに集まるのがわかる。


甲斐田くんは、派手な見た目も相まって、うちの学年の間では本条くんに負けないくらい目立つ存在。

いくら周りの目を気にしなくていいと言われたって、やっぱりちょっと萎縮してしまう。


わたしはできるだけ平静を装いながら、机の上の荷物を掴もうと手を伸ばした。……のだけれど。



「じゃー帰ろっか」



わたしの手が鞄の紐にたどり着くよりも先に、近づいてきた甲斐田くんがそれをひょいと掴み取った。



「おれのこと、今朝聞いたんだって?」

「え、っあ、うん……」



荷物を持ってくれたことに対するお礼を告げる間もなく、甲斐田くんは歩きだしてしまう。

まるで、そうすることが当たり前だというように。


手ぶらになってしまったわたしは、甲斐田くんの背中を追いかける形で教室を出た。



「いきなりな展開で困っただろ」

「ん……と、少しだけ」

「だよなあ」



心構えをしていたはずなのに、はじめて言葉を交わすとなるとやっぱりぎこちなくなる。

比べて甲斐田くんは、思っていたよりも気さくな感じだった。



「その、迷惑かけてごめんね……お世話になります」



隣に並んで小さく頭を下げると、甲斐田くんは「堅っ」と表情を崩した。



「迷惑だとか気にしなくていーから。これは怜也くんの提案だし」



──怜也くん、て……。

本条くんのこと、下の名前で呼ぶ人がいるなんて。


わたしは心の中でひっそりと驚いた。


……ふたりは本当に仲がいいんだ。