Ephemeral Trap -冷徹総長と秘めやかな夜-







初対面である甲斐田くんと一緒に帰ることだとか、夜の……約束のことだとか。

ぐるぐると考えちゃって、寝不足だというのに、頭がちっとも休まらない。


ほとんどうわの空で授業を乗り越えて、やっと迎えた、放課後。



〈んじゃ〉

〈HR終わったらそっちの教室行くね〉



帰りの支度を終えたわたしは、荷物の詰まった鞄を枕にして、お昼休みの内に届いたメッセージを見つめていた。

マルチーズのアイコンの人──もとい甲斐田くんとは、はじめましての挨拶を文字で済ませたのだけれど。


……この人、本当に甲斐田くんなのかな……?


本条くんから教えてもらったアカウントなのだから、絶対に間違いないのはわかってる。

それでも、いまいち実感がわかなかった。

メッセージ上での約束通りに、本人が現れるまではいささか信じきれない。



「澪奈、帰らないの?」



ぼんやり思考を巡らせていると、鞄を背負って廊下へと向かう有沙が不思議そうに見つめてきた。

わしは身を起こして、



「あ……うん。今日もちょっと約束があって」

「そーなんだ。じゃあわたし、帰るね」

「ばいばい」

「ばいばーい」



自席で有沙を見送りながら、廊下へと目を向ける。

すると入れ違いに、ひょこりと教室に顔を見せた人物がいた。


──目を引くピンクベージュの、マッシュウルフ。

その綺麗な髪色に、わたしの心臓がドクリとする。



「あ〜いた、平石さん」



にこやかに、親しげに──こちらへ呼びかけてきたのは、どこからどう見ても、本物の甲斐田真尋くんだった。