……朝の登校時間に歩かなくて済むなんて、なんて贅沢なんだろう。
遠ざかっていくマンションを眺めながら密かに感動していると、
「平石さんは、甲斐田真尋ってわかる?」
本条くんが前触れもなく尋ねてきた。
「甲斐田くん? わかる、けど」
聡学に通う、わたしたちと同学年の男の子。
確か、今は隣のクラスだったような。
「話したことはない……」
「だろうね」
「えと。……どして?」
「一緒にいる感じ、あんま男に免疫なさそうだなと思って」
飛んできた思わぬ鋭い言葉に、わたしはグサリとダメージを受けた。
……そういうのは、思っても言わないでいてくれると嬉しいのに。
不満を訴えるように本条くんを見ても、ん? だなんてすました笑顔が返されるだけ。
あう。悔しいのに言い返せない。
だって、図星だから。
こうして本条くんと話すのだって、まだ少し緊張するくらいなんだ。
「……違くて、どうしていきなり甲斐田くんがでてきたのかなって、意味だったんだけど……」
「ああ、そっちね」
本条くんは白々しく声を上げると、ブレザーの内ポケットからスマホを取り出した。
「今後のことだけど、帰りは甲斐田に平石さんのことを任せようかなと思って」
「えっ?」
「朝は時間を早めれば人目を避けられるから、俺が送ればいいけど。帰りも誰にも見つからずにっていうのは、そのうち限界がくるだろうし。役割分担、ってことで」
それは提案というよりも、決定事項だというような口ぶりだった。


