わたしは胸の靄を振り払うように、くるりと引き返した。
うろうろして、変なやつだって思われるかもしれない。
だけど──、
「あの、っ」
わたしが声をかけると、彼はもう一度顔を上げてこちらを向いてくれた。
お腹を見せていたキジミケまで素早く飛び起きて、警戒したようにわたしをじっと見つめる。
「……お家、ここの近く、なんですか?」
わたしの口から飛び出したのは、わざわざ戻ってきてまで質問することでもないような、世間話程度のもの。
それがおもしろかったのか、彼はくす、と小さな笑いをこぼした。
「あー。単車で5、6分?」
「そう、なんですね……」
タンシャ、って……バイクのこと?
5、6分が近いのか遠いのか、全然わかんないや……。
聞いておいて、自分の情けなさに悲しくなる。
ごまかすように曖昧に笑ってみせると、彼がおもむろに立ち上がった。
「じゃーな」
わたしに言ったのかと思ったけれど、その目はキジミケに向けられていた。
ミァ、と短い返事が聞こえて。
彼の足元から華麗に去っていく小さな後ろ姿を、ぼうっと目で追っていたら、
「……車、とか」
近づいた足音に、心臓がぴょこんと跳ねる。
「カレシじゃないわりには、随分大事にされてんのな」
「……え……」
驚いて視線を上げると、彼は駐車場の向こうを見ていた。
まるで、今はもうない車の姿を探しているかのように。


