聞こえてきた声に反応して、胸がきゅっと締めつけられる。

途端に心拍が上がり、つい息をひそめた。


できるかぎり気配を消しつつ、……そっと、ラックの奥を覗き込んでみる。

リングをはめた綺麗な指を、無防備に差し出して。

キジミケの相手をしているその背中を目にすると、──胸の奥が熱くなって、心が溶けてしまうような感覚に陥った。


“あの人”だ、と。

すぐにわかった。


まるで、別世界に入りこんでしまったような。

ふわふわとした心地が、足元から這い上がってくる。


彼は、……少し前からわたしの気配に気づいていたように、ゆったりとこちらを振り返った。

緩くカールのかかった黒髪が、揺れる。


ぱち、と目が合って。

どうしたらいいかわからず、とりあえず会釈をするわたし。

反対に彼はやけに落ち着き払っていて、わたしに応えるように薄く微笑んだ。



「昨日ぶり」

「あ……その、節は、ありがとうございました」

「いーえ」



続けて、なにか声をかけるべきか迷って。

必死に言葉を探した。


こんにちは、は……第一声じゃないから、もうおかしい、よね。

偶然ですね。

とか……?

でも、……ほんとに、偶然?


どうしてこんなところに、いるんだろう。

実は、このマンションの住人……だったり。

あ……だとしたら、昨日の時点で言ってくれるはず、だよね。


もしかして、昨日のことがあったから。

わたしのことが気がかりだった……とか?

いや、そんなまさか。