「今ここで、二度とその面見せねぇって約束するなら、見逃すけど」
聞こえる声がより近づいて、頭の中が痺れた。
左腕に触れている体温に、心臓が激しく動悸する。
驚きで声も立てられなかった。
……その裏側で、思考だけは切り離されたように冷静に働いていて。
この綺麗な男の人の言う“こいつ”というのが、わたしのことを示していたのだと理解した。
身を固くするわたしをそのままに、しばらく言葉を交わすことなく、睨み合うふたり。
時間の流れがやけに遅く感じられた。
……やがて、グレーパーカーの男の人が、静かに後ずさる。
「……そ。それでいーよ」
わたしの隣で落とされた、満足気な呟きにも近い声。
つられて顔を向けると、少しだけ口元を綻ばせた横顔に、ついつい見入ってしまった。
……まつ毛、長い……。
絶対に場違いな、呑気な感想が心の内にぼんやりと浮かぶ。
足音が聞こえ、はっとして視線を戻したころには、グレーパーカーの男の人が立ち去るところだった。


