——え。
お兄さん……?
てっきり、わたしが話しかけられたのだと思ってた、のだけれど。
どうやら違ったみたいだ。
……返事、する前でよかった。
とんだ自意識過剰で、恥ずかしい。
勝手に気まずさに襲われ、ひとりで縮こまる。
わたしはなんとなく息をひそめながら、彼の視線を追って振り返った。
わたしの後ろ、少し離れた場所に立っていたのは、グレーのパーカーを着た若い男の人。
フードを被って眼鏡までしているので、顔はよく見えなかった。
「あんた、こいつの後つけてんだろ」
続けて発せられた声は特別大きくはなかったものの、挑むような響きを含んでいた。
あ……ちょっとこわいかも。
言葉の意味を考える前に、ただならぬ空気を感じ、背中がひやりとして——。
今すぐにここから離れたい衝動に駆られた、そのとき。
くい、と腕を引かれたと同時に、……仄かに甘い、葡萄のような香りが、わたしの鼻を掠めた。