『ごめん。代わって』
遠くで聞こえた声。
厚い暗雲の向こうから、一筋の光が差した気分になる。
ゴソゴソと物音が聞こえて、少し経つと、再びスマホの向こうに人の息遣いを感じた。
『……もしもし。平石さん。甲斐田だけど』
「っ、うん」
『うん、じゃないだろ。わざわざおれに嘘つくとか、勘弁しろって。無事なの?』
どうにかして、こっそり本条くんのことを伝えられたら。
甲斐田くんが助けになってくれるかもしれない……。
ばくばくとはやまる鼓動。
切迫感で喉がカラカラする。
うまくいくかは、賭けだった。
「ちゃんと、覚えてる。……この間、帰り際に言ってくれたこと、だよね」
『……は?』
「だって、すごく嬉しかったから」
『……平石さん?』
ちっとも噛み合っていない会話。
けれど静かな舞台袖に響くのは、わたしの声だけ。
不自然じゃない……よね?
おかしなことは口走っていないはず。
「だからやっぱり、お願いしたい、って思って。いいかな?」
『頼る相手が必要になったときには、思い出して』──前に甲斐田くんがくれたその言葉にすがる気持ちで、一方的に言い立てた。
「……、えと。じゃあ、そういうことだから」
『……』
──お願い。
なにか変だって感じとってくれたら。
あわよくば、助けが必要なんだって、汲み取ってもらえたら。
祈るように、ぎゅうっとスマホを持つ手に力が入る。
『平石さん、……』
ちらりと来栖くんを見れば、わたしの様子を注視する目とぶつかった。
たぶん、だいじょうぶ。
怪しまれてない──


