Ephemeral Trap -冷徹総長と秘めやかな夜-



……前触れもなく、ケースが真っ直ぐ下に落とされる。

その様子が、スローモーションのように映った。


なにが起きているのか理解する間もなく、カツンッ、と床にぶつかって小さく跳ねた黒色。

そして、そのまま──バキッ! と。


周りの空気を震わせた大きな音に驚いて、ビクリと体が揺れる。

思わず涙もひっこむほど。


瞬いて、目の前の光景を数秒見つめてから。

小さな入れ物が、イブキくんによっていとも簡単に、中身とともに踏み壊されてしまったのだと認識した。



「あ……あっ!? なにしてんだ、せっかくのサンプルが……」



それは、菊川くんにとっても予想外の行動だったようで。

狼狽えたような声が教室に響いた。

靴の裏についた、錠剤だったもの……白い粉を振り落とすように、近くの机をガッと蹴ったイブキくんは、



「こんなもん。あとで腐るほど回収すればいいだろ」

「は? あとで、って、……」

「──気が変わった」



言葉とは裏腹に、起伏なく、言い放つ。



「このクソつまんねぇ国の中心でふんぞり返ってる“王サマ”の首、──今すぐ、狩ってやる」



こめかみのあたりに突き刺さるような、尖った声。

それが静寂に溶けたあとで、誰かがコク、と息を呑んだ。

わたしだったかもしれないし、菊川くんだったかもしれないし、……どちらも、だったかもしれない。


小さくこぼされた、まじかよ、という菊川くんの短い問いに答えるように。

床に散らばった残骸を見下ろしているイブキくんが、影を纏った微笑を唇に浮かべた。


……こわい。


と、率直に感じた。

さっきからイブキくんが見せるのは、わたしの知らない一面ばかり。

だけど、周りを脅かすような凄みのあるその表情から、不思議と目が離せなかった。



「七央、あいつらに連絡。他もできるだけ集めろ、いっぺんに済ませる」

「……。わかった」