「もう始まってんのかよ」
抑揚のない声。
こちらを射抜く、冷たげな眼差し。……それを引き立てる綺麗な銀髪に、学ランの黒が映えるすっきりとした体つき。
ぜんぶ……記憶の中の姿と、なにもかもが違っていた。
考えることを放棄していた頭が、すうっと正気に戻る。
「あっれ、──イブキ。まじで来たのか」
森下くんの呟きが落ちてきて、わたしの心臓にドクンとはね返った。
……イブキくん。
な、なんで。
森下くんが、ここに呼んだの?
でも、戸惑うわたしとそう変わらない反応を見せている彼に、違う、と思い至って。
ちらりと教室の隅を伺えば、菊川くんがちょうど机から降りるところだった。
スマホから視線を外し、腕を組む。
そのさまは、今から起きる“なにか”を見守るよう。
呼んだのは、菊川くん……?
「まーいいや。イブキ、お前が勿体ぶってるとこわりぃけど、先に一発ヤらせてもらうぜ。まだ上に言わねーでやってんだから、こんぐらい許せよな」
わたしに覆いかぶさったまま、森下くんが悪びれぬ態度で声をかけた。
イブキくんはその呼びかけに応えるように、わたしたちへと近づいてくる。
次第に、その姿をはっきりと捉えられる距離になって……。
あまりにも久しぶりすぎる対面。
一方的に見かけただけの最後と同じように、懐かしさを上回る、よそよそしさが生まれた。
助けを望んでいたはずが、わたしはつい森下くんの陰に隠れるように小さくなった。
……だって……。
こんなところ、イブキくんにだって見られたくなかった──。
「あーあとさ、澪奈ちゃんてば、すげー笑えること言ってんだけど。『多々良くんがどんな人か知りたい』とかって。お前ら、どーなって──」
「澪奈。目つむれ」
森下くんを遮るように、いきなりイブキくんに指示されて、わけがわからない。
けれど昔と同じようにわたしを呼んでくれたその声に、不思議と逆らえないような力を感じて。
条件反射のようにぎゅっと目を閉じた。


