「ほんとはさぁ、澪奈ちゃんにはイブキのオトモダチってよしみで俺らに協力してもらって、向こうの隙をついてほしかったんだけど」



指先で顎の輪郭を撫でられて、ぞわりと鳥肌が立つ。



「どっから嗅ぎつけたのか、中途半端なとこで邪魔が入ったし、澪奈ちゃんには甲斐田クンが張り付くよーになっちゃったし。なんかもう、台無しって感じで」



なんの話をされているのか、よくわからなかった。


向こうって……?

隙をつくって、なんのこと?



「だから、……もーいいんだ。難しいことは置いといて、ただ俺は、澪奈ちゃんにまた会えて嬉しーって思って。ほら、これもなにかの縁っしょ」



わけもわからぬままに与えられた、甘い響きの言葉。

けれどついてくるのは、嫌悪感だけ。



「安心して。他の奴らには黙っといてあげる。できるだけ面倒なのは避けたいし、俺らだけの秘密。イブキと同じよーに……俺の相手してくれたらいいから。な?」



森下くんの手が、パーカーの襟元にかかる。



「わ、わたしっ……イブキくんとは、森下くんが考えてるような関係じゃ、ない」

「あ? え、そーなの? んじゃ、俺が独占できちゃうってことじゃん……?」



……ちがう、違う。

どうしてそうなるの……っ?


この前から、イブキくんとの関係を、ずっと勘違いされてるような気がして。

その誤解が解けたらなにか変わるかもって思ったのに、森下くんには適当に聞き流されて、終わり。


話が……通じない……。


ジッ──とファスナーが下ろされた。


いやだ……いやだ。

こうなること、予測できたにも関わらず、のこのこやって来てしまったわたしが悪いってわかっているけれど。

助けを求めずにはいられなかった。


外にいたとき、森下くんのストッパー役になってくれていた菊川くんは、今ではわたしたちのことなんて見て見ぬフリ。

やっぱり彼もなぎ高の生徒なのだと思い知る。

さっきまでわたしを気遣うような態度を見せていたのは、おそらく、公共の場だったからで。

不特定多数の目があったからで。


でもここは、もう……彼らの……。




──彼らだけの、テリトリーなんだ。