Ephemeral Trap -冷徹総長と秘めやかな夜-



ふと菊川という人に腕を引っ張られる。

わたしはビクリと震えたけれど、



「後ろ。邪魔になってる」



ん、と顎でしゃくって教えてくれた。

急いで階段を降りきり、端に寄る。

降りてきたお客さんに、近くにいた菊川くんがすみません、と代わりに謝ってくれた。


──この人……。

なんだか、話が通じそうな気配がする。


今すぐにこの場を離れるべきだし、もしくはいっそのこと、ここまで甲斐田くんに迎えに来てもらうべきなのかもしれない。

そうまともに働く思考の裏で、菊川くんに対して、うっすら望みのようなものを抱いてしまった。



「あんた、はやく帰れ」

「おい。余計なことすんじゃねぇ菊川」

「あ? 余計なのはお前」

「──あの」



小競り合いをするふたりに、割り込むように。



「……ひとつ、聞いてもいいですか……?」



浅はかな希望を断ち切れなかったわたしは、とうとう一歩を踏み出してしまった。

ふたりからの注目を受けながら、言葉を続けようとする。


無謀でも行動あるのみ、の、覚悟。

一度は手放したそれを再び固く持ち直して、視線を上げた。

その間際に、本条くんが引いてくれたいつかの白線が、足元に見えた気がした。