Ephemeral Trap -冷徹総長と秘めやかな夜-



昨日と同じようにエレベーターで上がってくるものだと思っていたのに、飛鷹は階段のほうから現れた。

黒い瞳が廊下にいるわたしを見つけて、丸く開かれる。



「は? なんで……中で待ってろよ」

「だって……」



いても立ってもいられなかったんだ。

モニターで姿を見たのは短い時間だったから、勘違いの可能性もあったけれど。

思った通り、飛鷹は傘を持ってはいなかった。



「……風邪、ひいちゃうよっ?」



夕方の、窓を打つような雨とは違って、細かくひそやかな降り方に変わっていたのが運が良かった。

濡れたのは、髪と肩くらいで済んだようだ。

持ってきたタオルを手渡そうとして、──その拍子に、飛鷹がわたしの手を掴む。

冷えているんじゃないかと心配だったけれど、むしろ、体温はいつもより高いように思えた。


漂うシャルドネの香り。

……飛鷹の、香水の香り。

遠慮など知らないように、わたしの中へと入り込んで、こちらの思考を酔わせようとしてくる。



「なあ」



飛鷹の声は、雨音に負けてしまいそうなくらい控えめで、……けれどしっかりと、わたしの意識を丸ごと掻き攫うような甘さを帯びていた。



「部屋。……あがっていい?」