わたしはおもむろに曇った窓へと手を伸ばし、手のひらで受けた感触を思い出しながら、指を動かした。

水滴を人差し指で拭き取るように、わたしにとって特別な、その名前を残していく。


画数多いなあ、なんてところも、愛おしく感じてしまうのだから不思議。



──〈飛鷹〉



自分で書いたその文字の並びを見ただけで、胸がきゅっとなる。


……苗字は、なんていうんだろう。

フルネームすら知らないなんて、笑っちゃう。

わたしと飛鷹の距離感なんて、所詮はそんなもの、だ。


あざけり笑いつつ、どんな苗字だったらしっくりくるかな、と思考を塗り変えた。

佐藤とか、鈴木とか……よくある苗字のイメージはあまりない。


珍しめ? だったら……。


と、そこで、



『平石さんは、──タタラ、って名前に心当たりある?』



どうしてだか、唐突に本条くんの声が頭の中で再生された。

連想ゲームのように、また思考が切り替わる。


……あれ?

タタラ、ってもしかして、……下の名前じゃなくて、苗字?

そうかもしれない。
そのほうがしっくりくる。

だとしても、聞き覚えはないけど……。


わたしはポケットからスマホを取り出して、〈たたら 苗字〉で検索をかけてみた。

一番上に出てきた漢字を真似て、窓に書いてみる。



──〈多々良〉



……こう書くのかな。

特に、見覚えもない。

うーん。
本条くんに聞かれたことだから、少し気にかかるけど……。

やっぱりわたしには関係ないこと、だと思う。


そう気を取り直し、カーディガンの袖で窓を拭こうとして──、はたと止まった。