「槙野だったら、何味にする?」

朝になった。頭がボーッとする。ボーッとしているのはいつものことだけど、頭の中に霧が広がっている様な、薄い膜で包まれている様な。
あんなことがあったのに、また変わらず朝を迎えていることが不思議でたまらない。

雨が降っていた。昨日の夜の天気予報が外れたと、母さんは朝から不機嫌そうだ。天気予報を信じて洗濯物を干していたから、起きて慌てて室内に取り込んだそうだ。僕のジャージのズボンも濡れたままで、履いていくのは無理そうだ。
今日は一時間目から体育があるのに。しかも雨だ。体育館で男女混合のバスケットボール。仮病も使えない。
僕は体操服の上下と、ジャージの上だけをサブバッグに詰めた。

母さんが用意したピザトーストを、食欲が無いからと断って家を出る。母さんは腑に落ちない顔をしていたけれど、どうせすぐに自分で食べて、そのうち忘れるだろう。

珍しくみんなが言う「正装」で登校だ。制服はやっぱりジャージより寒いと思う。自分が自分じゃなくなったみたいでソワソワする。
僕が何者になろうが、今はもう一人ぼっちと変わらない。

透明のビニール傘にポツポツと雨が当たって、雫になってこぼれ落ちていく。冬に見る窓に付いた水滴よりも、ヤヨちゃんの涙よりもたくさん。

白い傘の持ち手に「まきの」って平仮名で書いてある。ビニール傘を使っている生徒は多いから、間違って持っていかれないようにって、ヤヨちゃんがマジックで書いてくれた。縦書きで「まきの」と書いた下には、魚の絵も描いてある。
たぶん、金魚だ。

ずっと使っている傘だから、文字も少しずつ薄くなってきている。その上から爪で引っ掻く様にガリガリと擦った。

全部消えればいいのにと思った。
思い出も、恋も、友情も、常識も、正しくなれない僕も。

ガリガリ。ガリガリ。
駅に着くまでずっと。文字は全然消えない。
雨に隠れてそっと泣く。僕は弱い。

ヤヨちゃんに会いたい。全部嘘だよ、騙された?っておどけて見せて、それからなんにも無かった様に、 普通 に、戻れたらいいのに。

ヤヨちゃんと涼太が望む、 普通 に。