「槙野だったら、何味にする?」

それからのことはあんまり憶えていないけれど、暑さにヤラれて夢でも見ていたのかと思うほど、涼太は普通で、何となく掘り返すのもなぁ…なんて思っているうちに、たぶん涼太の中では「無かったこと」になっていた。

あの日の、あの瞬間だけが僕の中には鮮明に残っている。何だったのか、本当に今でも分からないけれど、それからまた何事も無かったかの様に僕達は「親友」だったし、それでいいと思っていた。

ヤヨちゃんは僕の話を聞いて、握っていた袖から手を離した。

「ありがとう。話してくれて。」

「ごめんね。黙ってて。」

ううん、とヤヨちゃんは首を振った。

「夏休みに私と槙野でお泊まりした日のこと、覚えてる?」

「もちろん。」

忘れるはずがない。永遠に。

「あの時ね。気づいたんだ。元々りょうちゃんはきっと槙野のことが好きなんだろうとは思ってた。あの日、槙野がキスしたことあるって教えてくれた時、私の知ってる人?って訊いたよね。そしたら槙野は、ヤヨちゃんは知らないんじゃないって言ったの。でもね、槙野、耳たぶ触ってるんだもん。」

ヤヨちゃんは穏やかな顔をしている。子供をあやす様な口調だ。

「槙野、嘘つくときすぐ耳たぶ触るから。あの時もああ言いながら、布団の中なのに耳たぶ触ってた。そのクセが本当に槙野だなって思って、ちょっとおかしくなっちゃって。それで、ああそうかって思ったの。槙野が中学から同じ人で私も知ってる人、しかも槙野が嘘ついて隠したがる人なんて、りょうちゃんしか居ないなって分かったんだ。」

「隠しててごめん。」

「ううん。それも槙野の優しさだもん。私の為の嘘だったんだよね。」

ヤヨちゃんが一歩、僕に近づいて、ありがとうって言った。
もちろん、ヤヨちゃんを傷つけない為に隠していたことだけど、自分の中に罪悪感もあったからだ。なのに、ヤヨちゃんは言った。

「ショックじゃないって言ったら嘘になる。でもね、それでも私はりょうちゃんが好きだし、槙野のことも嫌いになったりしない。私が出会えていなかった頃の二人の時間にも負けたくない。私…、りょうちゃんが好きだよ。槙野、ごめん。ごめんね。」

ヤヨちゃんは泣いた。あんなに我慢していたのに、小さい子供の様に泣いた。僕の肩に額を乗せて、僕の手のひらを握って。

「僕は、ヤヨちゃんが好きだよ。それでも。涼太を好きなままでもいい。僕は変わらないから、大丈夫。」

ヤヨちゃんは泣き続けた。僕は背中をさすってあげることしかできない。僕の肩に染み込んでいくヤヨちゃんの涙が苦しくて、綺麗だと思った。