「まだ私が子供の頃。父親も同じ病気だった」


大の医者嫌いだった父親。舞にとっては、子煩悩で優しい父親だった。


「小学校の父親参観の日にね、お父さん、熱を出して来られなかったの。私がめちゃくちゃキレて、そしたらお父さん、あんなに嫌がっていた手術を受けることにしたの」


手術自体は無事、成功したと聞いた。しかし。


「もうすぐ退院って時、傷口から大量に出血した。もう点滴も抜けていたし、モニターも着いていなくて、発見が遅れて……そのまま」


そのまま、父親は帰らぬ人となった。病院の霊安室で見た、真っ白な顔をして眠った父の顔が頭から離れない。


「私のせいだって思った。私があの時怒ったりしなければ……手術なんてしなくても、熱の間だけ我慢すれば命に関わるような病気じゃないのにっ……私が手術を受けさせて、お父さんを殺したも同然よ……!」


舞は俯いた。我慢しようとしても、感情とともに涙が溢れて止まらない。誰にも言えなかった、懺悔の言葉。


「お前のせいじゃないだろ」


「だって……」


まるで小さな子どもに還ったように泣きじゃくる舞を、悠貴はそっと包み込む。


「馬鹿野郎。お前らしくねぇって言ってんの。いつものモンペ根性はどうした。もしかしてあれも演技か? こういう時こそ『そんなの私のせいじゃないもん』って思っとけよ。何でも他人のせいにするのはお前の十八番だろ?」


「ひど……」


悠貴の腕に力が篭もる。舞は恐る恐る、悠貴の背中に腕を回ししがみつく。


「怖い……私も同じように死ぬんじゃないかって怖いの……。お母さんも同じように私が死ぬことを恐れてる……手術なんて、できないわよ……」


悠貴の胸に顔を填めながら、掻き消されそうな声で本音を吐き出す。普段は強がりな舞なりの、必死の叫びだった。


「……じゃあ、俺が責任取ってやるよ」


「え……?」


悠貴のその言葉に、舞は思わず顔を上げる。すぐそこに、いつも通り勝ち気そうな、けれど真剣な彼の表情があった。


「手術失敗したら、俺のせいだって責めて良いぜ。だから手術受けろよ」


彼の言葉の意図が読めず、舞は疑問符を浮べる。


「はぁ? な、何言ってるの? だから、失敗したら死んじゃうんだって……」

「てめぇみたいな図太い女が簡単に死ぬか! 人間の生命力舐めんなっ!」

ピシャリと言いのけられ、思わず閉口する。

「もし失敗したら思う存分俺のこと殴れ。何なら何でも言うこと聞いてやる。だから安心して手術受けろよ」

「な、なにそれ……」

余りの横暴な言い分に、舞は何と返せばいいか思い付かなかった。ただ少しだけ、心が軽くなったのは秘密だ。


「馬鹿じゃないの……本当に……」



窓の外には相変わらず雪が舞っている。冷えた廊下で立ち話をしていた二人は、その寒さに揃って身を震わせる。

「ぶぇっくしょーいっ!!!」

悠貴が盛大にくしゃみをする。一応舞にかからないよう横を向いてくれたものの、先程までのシリアスな空気はくしゃみとともに吹き飛んでしまった。

「……ちょっと、ムードないわね。こんな良い女を腕の中に抱き締めておきながら」

半眼で睨みつける舞に、悠貴も負けじと小馬鹿にした笑みを返す。

「はぁ? 良い女だぁ? どこにいるんだそりゃあ」

わざとらしく辺りを見回す悠貴にムッとするも、すぐに口元にニヤリと悪い笑みを浮べる舞。何かを察した悠貴が、僅かに腕の力を緩めた瞬間。

「じゃあ、こんなのはどうかしら?」

すっと近付いた唇を、悠貴が避ける術はなかった。

「んっ……」

押し当てられた唇の柔らかな感触に、悠貴は思わず目を見開いて固まる。

拒否されないのをいい事に、舞は更に舌で彼の唇を割り開き、彼のそれを絡めとった。


「ふふ……どう? これが大人のキスよ、坊や? これでもまだ良い女がどこにいるか分からない?」


唇が離れる。名残惜しそうに繋がったままの銀糸が、この後の艶やかな夜を予感させた。


「ねぇ聞いてんの? もしもーし……って……!?」


硬直して目を見開いたまま、悠貴は真後ろに卒倒した。抱き着かれたままだった舞は咄嗟に彼の後頭部を両手で護る。絨毯の床で助かった。


「ちょっと! こんなキスごときで逝ってんじゃないわよっ! 起きなさいよぉっ!!」


舞の悲鳴に応える者はなく、その声は雪の降る闇夜へと消えていった。