「ん〜これ美味しい! 格安プランなのにお料理さいこ〜!!」

舞が幸せそうに頬を押える。皆温泉巡りで空腹もピークに達しており、各々好きなものから口へと運ぶ。

「本当美味しいわね。あ、恭平これ好きでしょ。私の分、食べる?」

長年一緒にいる真理亜は恭平の食の好みも熟知している。小鉢に梅の甘露煮を見つけると、それを小鉢ごと恭平に差し出す。

「お、サンキュ」

一方の恭平も、何の躊躇いもなくそれを受け取り口へと放り込む。梅の爽やかな香りとトロリとした甘さが口一杯に広がった。

夏帆がその様子を見て感心したように頷く。

「さすが真理亜さん。桜井さんの好みなら何でも知ってるんですね」

「うふふ、そんなことないわよ?」

「……っとに女狐ねぇ。この性悪女め」

舞は隣の真理亜にだけ聞こえる小さな声で一人毒づくも、聞こえたはずの真理亜は素知らぬ顔で微笑んでいる。

「桜井さん、そんなにお好きなら私の分もどうぞ?」

一連の会話を恭平の横で聞いていた雛子は、まだ手をつけていなかった甘露煮の小鉢を取る。そしてスプーンで掬うと、零さないようにゆっくりと、あろうことか恭平の口元までそれを運んだ。

「はい、あーん」

「お、おう……」



ええええぇぇぇぇっ!?!?

一同の悲鳴は一瞬の間を置いて室内に響き渡る。


「雛子どうしたんだろう……」

「なんか妙に積極的ね、あのまな板女」

「熱でもあるのかしら……」

「さすがの恭平さんも戸惑ってる……」

微妙に気まずくなってしまった室内の空気は、結局食事の時間が終わるまで続くこととなる。


「桜井さん、これは?」

「これも美味しいですよ」

「どんどん食べて下さいね」

雛子が何故かやたらと、恭平に対して積極的なのである。最初こそ戸惑っていた恭平も、そのうちに慣れてきたのか徐々に平素の装いとなっていく。

そして元来大食漢の恭平である。雛子から差し出される箸に、まるで雛鳥のように口を開けていた。