何故あんな話を信じてしまったのだろう。


(やっぱりどうかしてたんだ……真理亜さんが患者さんに酷いことなんて、する訳ないのに……)


急遽真理亜にシフト交代してもらった翌日、出勤した雛子は朝一で大沢に怒鳴られた。

本日はフリー業務のため、情報収集をそこまでする必要がないのが不幸中の幸いだ。

「あんたねぇっ、飲み過ぎて先輩に勤務変わらせるなんて前代未聞よ!? 社会人なんだから節度ってものがあるでしょう!!」

「は、はいっ……申し訳ありませんっ……」

可哀想なくらい撒くし立てられ縮こまっている雛子だが、今回は自業自得とばかりに皆見て見ぬふりをしている。

とはいえ真相を知っている鷹峯は一人、複雑な表情で雛子を見つめるのだった。


雛子が大沢から解放されて暫くの後、恭平と真理亜が出勤してくる。


「あっ……真理亜さん、今回は本当に本当に本当ーーーーに申し訳ありませんでしたっ」


しこたま怒られていたことなど知らない二人は、勤務前だと言うのに既にボロボロになった雛子にぎょっとする。恭平は何も言わず、さっさと奥のパソコンに向かっていった。

「いや、あの、雛子ちゃん……?」

一方の真理亜は、雛子が謝ってきたことに面食らう。

てっきり雛子にも真実が伝わっていると思っていたのだ。

「雛子ちゃん、そのことは」

「いえ! もう本当に、こんなことにはならないよう気を付けます! すみませんでしたっ!」

有無を言わさない雛子の謝罪で、真理亜も本当のことを告げるタイミングを見失う。

「……もう良いだろ、次から気を付けろよ」

一度はパソコンの前に座った恭平が、わざわざ戻ってきてこの話を終わらせた。「余計なことは言うな」まるでそう言っているようだった。それだけ告げると、彼は面倒臭そうにまた戻っていく。

「はい、すみませ……って、あ、あれ……あれ? 桜井さん、なんか……」

「? どうしたの?」

恭平が去っていった瞬間、何やら鼻をすんすんとさせながら、雛子は訝しげな顔で首を捻った。その不思議な様子に、真理亜もまた疑問符を浮かべる。

「いや、あの……桜井さん、いつもと違う……甘い、匂いが……」

「やだ……あなた変なとこ鋭いのね……」

真理亜は驚いたように目を瞬かせた。

「恭平なら、昨日はうちに泊まっていったわよ。シャワー貸したから、私の使ってるソープと同じ香りでしょう?」

真理亜が屈んで雛子の顔に近付くと、雛子はまるで小動物のように鼻をひくつかせてから、「あ」と声を上げた。

「本当だ、確かに真理亜さんと同じシャンプーの……って、え、と、とととま、泊まっ」

いきなり耳まで真っ赤にして壊れた人形のごとく吃る雛子に、真理亜は思わず吹き出しそうになる。

「そ、そ、それって」

「……野暮なこと聞くもんじゃないわよ」

「っ!?!?」












至っていつも通り何かを話し込んでいる雛子と真理亜に、鷹峯もまた首を傾げた。

「……もしかしてちょっとお灸据えただけですか?」

優しいですね、と鷹峯は隣にいる恭平に耳打ちする。

「でもまぁ、私は精神科領域に明るくないので名言は避けますが……彼女、このまま放っておくってわけにはいかないでしょう?」

どうするのかと訊ねる鷹峯に、恭平は電子カルテをスクロールしながら答えた。

「さぁ……あいつなら自分でどうにかするだろ」

「どうにかって……相変わらず甘いですねぇ……」