その気持ちの正体は結局分からないままだった。カラオケで声が枯れるまで騒ぎ、二軒目の居酒屋で夏帆と悠貴がベロベロになるまで酔っ払ったことで考える機会を逸し、それどころではなくなっていた。

「ほらっ、お願いだから真っ直ぐ歩いてってば!」

両側に酔っ払いを抱えてもたつきながら、雛子は何とか寮のエントランスを抜けエレベーターホールまで辿り着いた。

「うっ……うぇっ、ぷ……ぎもぢわるい……」

「駄目だよ悠貴! こんなところで吐かないで!」

飲んだ場所が寮から最寄りの居酒屋『呑んだくれ』でまだ助かった。夏帆の方は寮に着く数メートル手前で完全に眠り込んでしまい、悠貴はこの有様だ。

もっと遠いところで飲んでいたら雛子一人で連れ帰ることは不可能だった。

「もう少しで着くから、本当にちょっと我慢して……」

付属の学校から就職しているため、他にも数人仲の良い同期は思い付く。時刻は深夜零時を回っておりかなり不謹慎だが、頼んだら運ぶのを手伝ってくれそうなのは誰だろうかとスマホの連絡先をスクロールする。

「この子達は今日夜勤って言ってたしこっちの子は……ああ、もうっ、繋がんないっ」

ここまで来てにっちもさっちもいかなくなり若干イライラしながらスマホのスクロールを続ける。

いっそのこと管理人室まで引き返して運ぶのを頼もうか。

そんな考えが頭を過った時、背後でオートロックキーが解除される電子音が聞こえた。

「あれ、また会った」

「っ、」

恭平だった。

昼間見た時と同じ私服姿で、フルフェイスのヘルメットと鍵をいくつか付けたキーケースをジャラジャラ言わせながらこちらにやって来た。

パティスリーのショッパーは持っていなかった。

「なに、酔っ払ってんの?」

「あ、そ、そうなんです。夕飯に居酒屋行ったら二人で飲み比べ始めちゃって……」

床で眠りこける夏帆と雛子に肩を組まれている悠貴を交互に見遣り、すぐに状況を察してくれたようだ。

今にも雛子を押し潰しそうな悠貴を一先ず抱え上げ、ずっと一階で待機していたエレベーターに押し込んだ後に夏帆もすんなりと抱えて乗り込む。

「何階?」

「えっと、とりあえず悠貴が八階、です……」

「あ、そうなんだ。俺と一緒」

「そう、なんですか」

エレベーターの中で他愛のない会話。いつも通りのはずなのに、何となく沈黙が居心地悪い。



悠貴を部屋に運んで側に洗面器を置いてやり、続いて夏帆を九階の部屋まで二人で運びベッドに寝かせ、一応エアコンを付けて部屋を出た。

施錠し、鍵はドアについているポストから投函する。

「これでよし、と。あーねっむ……」

恭平が伸びをしながら大きな欠伸をする。二人とも夜勤明けであることを今更思い出す。雛子はぺこりと頭を下げた。

「ありがとうございました。運ぶのを手伝って頂いて」

「ん」

恭平はなんて事ないような顔で頷き、手のひらを雛子の頭に置く。

「んじゃ、おやすみ」

二回置かれた手の温度は、いつもと同じはずなのに。

「……はい、おやすみなさい……??」

いつもより嬉しくならないのは、どうしてだろう。