無理やり連れて行かれた場所。それは路地裏だった。
 ここが危険なことくらい、グレイスにはわかる。心臓が嫌な具合に騒いでいる。なにか、良くないことが起こるのは明らかだった。
「坊ちゃんよ、よその街から来たんだろう」
 にやにやしながら男が言った。
 坊ちゃん?
 グレイスは恐ろしく思いつつも、疑問に思った。この服と姿なのだ、少年には見えたらしいけれど、こんな見た目で坊ちゃんなどと言われた理由がわからない。
「そ、そんなものじゃ、ない」
 やっと言った。お金持ちなどではないとわかれば解放されるかもしれない。そう期待しつつ。
「嘘をつけよ。その服、地味だがいい布じゃねぇか。おおかた、どこかのお坊ちゃんがおうちを抜け出してきたってところだろう」
 言われてグレイスはぎくっとした。男の言うことは、グレイスの性別を取り違えている以外は当たっていたのだから。
 服に使っている布。そしてその仕立て。そこまで考えたことはグレイスにはなかったのだ。布や仕立てに、庶民との違いがあるなんて発想は初めてだった。
 けれど、どちらにせよ、もう遅い。
「金をたっぷり持ってるんだろう。出してみな。おとなしく出せば許してやるよ」
 もう、林檎がどうこうという話はされなかった。
 グレイスだってわかっていた。あれは言いがかりだったのだ。グレイスに声をかけ、捕まえるための。
 ただ、お金を持っていそうな少年、しかも非力そうだからという理由だったのだろう。