「お会いしたことがあるが、とても明るく優しい方であったぞ。いい話だろう」
 そう言われても、と思う。
 婚約。つまり、いつかは結婚。
 仮にも貴族の娘として生まれ育っておきながら、そのことに現実味を抱かなかったなど。
 グレイスは自分がいかに呑気だったのかをやっと思い知ったのだ。政略結婚とまではいかずとも、親の都合で結婚させられるなど、貴族の娘としては普通のことなのに。
 しかし父に口答えなどできるものか。優しい父であるが、家の存続は重要に決まっている。娘を相応の相手と結婚させなければ家が潰れてしまうのだから。
 なので、万一、このダージルという人物と結婚とならなくとも、別の相応の身分の男性を勧められるに決まっていた。断ることなどできないのだ。
 気が進まないからなんて。決められた相手となんて嫌だなんて。
 おまけにまさか従者に恋をしているから、なんて。
 そんなことを言えば、フレンが解雇されてしまうではないか。従者と恋などとんでもない、と。フレンから仕事を奪ってしまうのも嫌だし、なにより従者としてだって傍にいてくれなくなるのも嫌だ。
「……こちらは、いつ、お決まりになるのですか」
 今のグレイスに言えることはなかった。震えそうな声を、なんとか普通のものに聞こえるよう気をつけながら言った。
 父はしれっと言う。グレイスの心の中など知るはずもない。
「今度、お前の誕生日パーティーを開催するだろう。それにお招きしてある。ちょうどいい場だ」