父・ウィリアムが財務大臣の辞職を申し出た時、国王夫妻は愛妻を亡くしたからとすんなり許可を出した。そしてアデライトの予想通り、帰国したロイド子爵が後任に決まったので引継ぎの為、一か月ほど経ったら領地に戻れることになった。
 先に領地に戻るか聞かれたが、ウィリアムと一緒にいたいからと断った。それ故、衣装などの荷物を領地に送ったり、使用人の整理を侍女頭に任せて、アデライトは部屋で一人過ごしている。

「今は、平和だから……金勘定なんて、誰にでも出来ると思っているんでしょうね」
「令嬢が、そんなことを言うのかい?」
「あら、リカルドがよく言っていましたわ? 殿方は、よろしいのですか?」
「よろしくないね……ハハッ」
「ふふ」

 アデライトが部屋で呟くと、空中に浮かんでいたノヴァーリスがからかうように言ってきた。それにすまして答えると、ノヴァーリスも重々しく頷いて――我慢出来ずに笑い出し、アデライトもつられて笑みを零した。
 一回目の時、リカルドはアデライトを貶める為に、父の仕事のことを何度もそう言っていた。流石に国王夫妻から聞いたことはないが、今まで他国との外交だけで実績のないロイド子爵に決まったところを見ると同意見なのだろう。
 ちなみに、ノヴァーリスの声はアデライト以外には聞こえないが、彼と二人きりで話す時はアデライトの声も他の者には聞こえないそうだ。大したことは出来ないと聞いていたが、ノヴァーリス曰く「こんなの全然、大したことじゃない」らしい。

「まあ、下手にごねられるよりは良いです。あとは領地に戻る前に、家庭教師の先生をお願いして一緒に来て貰うつもりです」
「……家庭教師? 君に、必要なの?」

 アデライトの言葉に、ノヴァーリスが不思議そうに尋ねてきた。確かに一度目の時、王立学園に通うだけではなく妃教育も受けているので知識や礼儀作法『だけ』はすでに頭に入っている。だが、しかし。

「機械的で、面白みがない」
「……それも、奴に言われたの?」
「ええ。それはしょっちゅうでしたが……あと、一度だけ「ミレーヌの方が良かった」と」
「誰?」
「ミレーヌ・ハルム。没落した名家の令嬢でしたが、その教養を買われてリカルドの家庭教師を勤めていた方です」

 ただし、王宮ではその名前は禁忌とされていた。一回目でお茶の時間にリカルドがその名を口にした時、普段は彼に好き勝手させている侍女達が慌てて口を挟んで話を逸らし、それ以上は言わせなかったくらいだ。
 しかし、リカルドが褒めた相手と言うことでアデライトは、どんな女性なのかこっそりと調べた。だから、多少だが彼女のことを知っているのである。

「過去形なんだね」
「ええ、一回目ではちょうど今頃、解雇されています……捨てたのなら、拾ってもよろしいでしょう?」