先程、父のウィリアムに言ったことは本心だ。
 しかし、本心ではあるが――王太子の婚約者にならないこと。更に、父に財務大臣を辞めさせることには、別の目的がある。

「母が亡くなったのは、ちょうど社交シーズンに入る頃だったんです」

 そう、社交シーズンは十二月から翌年八月までだが母・アンヌマリーは十一月に高熱を出して、そのまま帰らぬ人となった。しかし一回目の時、流石に社交は行わなかったが父は葬儀の後も王都に留まり、財務大臣の仕事を続けたのである。そして喪が明けた後、王家主催のパーティーで、アデライトはリカルドの婚約者となった。
 だがもし今、母の死を理由に職を辞して、ウィリアムが領地に帰ると言えば?

「王家はこの機会を利用して、自分のお気に入りを財務大臣の職に就けると思うんです」
「お気に入り?」
「ええ。ちょうど他国から戻ってくる、ロイド子爵を」

 ロイド子爵は、サブリナの父親だ。他国からの珍しい品々を献上し、娘同様に見目よく弁も立つので国王夫妻に気に入られている。しかし爵位と役職が低い為、今までは『お気に入り』以上にはなれず、娘のサブリナを王太子の婚約者にすることも出来なかったのだ。
 しかし父が辞任し、更にアデライトが何らかの理由つけてパーティーに出なければ?

「目の上の瘤である、私達がいなくなれば……財務大臣就任や働きを口実に、陞爵させるでしょう。そして私達と入れ替わるように、それぞれの位置に収まるでしょう」

 ロイド子爵は、父に替わって財務大臣に。そしてサブリナは、アデライトに替わってリカルドの婚約者に。

「ただし……国王夫妻はともかく、殿下……いえ、リカルドは絶対に婚約者一人でなんて満足しません。彼は愚かですから」

 愚かと言うのは、アデライトを蔑ろにしたこと――ではない。
 王立学園は、令息令嬢が子供でいられる最後の場だ。だから身分違いや婚約者以外の相手との交流も、学園内であれば大目に見られる風潮がある。
 それ故、卒業パーティーでリカルドがあんなことをやらかすなんて予想外だった。あくまで、学園内での戯れで終わり。あるいは卒業後はサブリナを愛妾にして、王太子妃の責務はアデライトに押しつけると思っていたのだ。
 だから婚約破棄は、本当に予想外だった。サブリナは、妃教育をしていない。アデライトの十年を、リカルドは一瞬で無駄にしたのである。殺された側が言うのも何だが、本当に愚かだ。

「奴はまた、一回目みたいに『婚約者』を裏切るのかな?」
「ええ、必ず」

 問いかけの形を取っていたが、ノヴァーリスの声も表情も、確信していた。それから答えたアデライトも、微笑んだまま頷いた。

「とは言え、怠惰に破滅を待つつもりはありません。領地で王家が目をつけるような財産を手に入れ、リカルドが気にいるような女性になります」

 そこで一旦言葉を切って、アデライトは笑みを消して己の決意を口にした。

「そして十六歳になり、王立学園に入ったら……まず、サブリナを破滅させます」