次の日、アデライトもまた牢を出て、一回目の時のように断頭台へと向かった。
 一回目と、そして他の王族達とは違い、アデライトは優遇されていた。それ故、身の回りの世話をする侍女を付けようとさえ言われたが、アデライトはそれを断った。
 ……エルマはもう、この世にいない。
 前王妃を捕らえようとする反逆者達に歯向かい、打ちどころが悪くて死んだのだ――もっとも、侍女を受け入れなかったのはエルマの不在を口実にしただけで、単に反逆者達の罪悪感を煽る為だが。
 そしてその結果、斬首されようとするアデライトを待ち受けている、民の反応がまるで違った。

「聖女様……王妃様……」
「すみません……ですが、我らにも生活がかかっているんです……」
「王や貴族はもう、必要ないんです……どうか、どうかお許しを……」

 聖女だから謝れば許されると思い、すすり泣きながら縋るように、祈るようにそんなことを言っていた。
 その顔ぶれの中にエセルもいたのに、アデライトは笑い出すのを何とか堪えた。彼は今、議員となって民の代表の一人になっている。だからあれだけ慕っていても、アデライトが斬首されることは止めないのだ。
 
(皆、皆……本当に、どこまでも自分のことばかり)

 もっとも、巻き戻った今は自分も同じである。だから今回は晴れ晴れとした気持ちでそう思って、アデライトは断頭台に頭を乗せた。
 そんなアデライトの目の前に、ノヴァーリスがやってくる。
 他の者達には見えない神に、アデライトは微笑んで話しかけた。

「神よ、感謝します……一回目で私を断罪した貴族や王族は殺され、私を殺した民は飼い主を失って迷走するでしょう。だからどうか、私をこのまま眠らせて下さい」
「ああ。君の望みを全て叶えよう……愛しているよ。どうか、安らかに」
「ありがとうございます、ノヴァーリス……私も、あなたを愛しています」

 そんなやり取りの後、アデライトは首を切られた。
 そして落ちたその首に口づけると、ノヴァーリスは天へと還っていった。

 ……後世で、悲劇の王妃と呼ばれたアデライトは、最期まで民を許すように微笑んで逝ったとされている。
 こうして王政が廃止され、共和国となったのだが――アデライトが言った通り、従うことに慣れていた民達の思いつきは、まるで形にならなかった。アデライトが奉仕活動や貸し出しなどで国費を減らしていたこともあり、国は貧しくなるばかりだった。
 結果、エセル達革命の指導者は、責任を取らされて斬首された。そして革命の時に殺されずに生き残り、亡命した貴族達も大部分は隣国で働こうとしなかった為、追い出されたりのたれ死んだりした。
 ……隣国の従属国となる代わりに、アデライトの子を即位させて王政が復活したのは、それから十五年後のことである。



 アリスが見た長い長い夢は、けれど実際は一夜のものだった。
 早朝に目が覚めた少女は、おもむろにペンを取ると夢で見た物語を書き出した。聖女と呼ばれるくらい、慈悲深いとされている女性――アデライトが、実は悪女なんて荒唐無稽かもしれない。けれどアリスは、どうしても自分が見た夢を形にしたくなった。

「彼女は、確かにいたもの」

 そう呟いて物語を書いていく少女を、窓の外から見ている存在(もの)が――ノヴァーリスが、いた。
 ……亡命したウィリアムの子、つまりアデライトの異母弟は隣国で妻を得た。そしてその息子はハルティ商会の娘と結ばれ、子供の一人が商会を継いだ。
 そしてその血は引き継がれ、アリスはその子孫である。更に記憶こそないが、アリスはアデライトの生まれ変わりだった。

「約束したから、逆行はさせなかったけれど……人の魂は、前世で負った傷を癒す為に生まれ変わるんだ」

 学校の課題が吉と出るか凶と出るかは、賭けだったが――アリスは、物語を紡ぐことで思い出してこそいないが、己の傷を昇華させることを選んだ。
 容姿も性格もまるで別人だが、やはり彼女の魂にノヴァーリスは惹きつけられる。もっとも別人なので、アリスにはノヴァーリスの姿は見えず、声は届かないが。
 そして紫色の双眸を細めて、ノヴァーリスはアリスの呟きに答えて微笑んだ。

「ああ、いたよ……私が愛した、かつての君がね」