「出してっ……私をここから、出してよっ!」

 地下の牢屋に入れられたサブリナは、鉄格子を掴みながら必死に訴えていた。しかし、誰一人やってくる気配はない。
 せっかくリカルドの為に用意したドレスを脱がされ、靴や装飾品を奪われた。
 そして、ボロ切れ一枚と裸足で地下牢に押し込まれたサブリナと父は翌日、処刑されることになったと言う。横領した証拠らしい書類と死刑宣告を受けて、向かいの牢に入れられた父は真っ青になり失神してしまった。そして現実逃避もあってか夜になり、サブリナが叫んでいる今も目覚める気配はない。
 そんな呑気な父に、ついついサブリナはチッと舌打ちしてしまった。

(横領したのは、お父様なのに……そりゃあ、私の為だけど。でもまさか、こんなことになるなんて)

 サブリナが金をばら撒こうとしたのは、リカルド達の為なのに――確かに自分の金がなかったから、ちょっと拝借しようとはしたが、次の王室助成金で返そうとしていたのに。
 ……それなのに、リカルドはサブリナからの愛を拒絶した。

「私のことを、あんなに可愛がってくれたのに……何で、何でよぉ……どうして、あんな女に騙されるのよぉ……」

 声は泣いているが、その緑の瞳は憎悪によりギラギラと輝いていた。アデライトは勿論だが、今は彼女を捨てたリカルドのことも憎んでいる。

「もういい……リカルド様なんて、知らない……明日、泣き落としでも何でもして、生き延びたら……素敵な旦那様を見つけて、見返してやるんだからぁ……」

 そうと決まれば、体力を温存する必要がある。地下牢には毛布もだが、水すらないのだから。
 それ故、サブリナは少しでも休もうと隅で丸まって横になり――裸足のまま連れ出され、かつて炊き出しをした広場。そこに用意された断頭台に着くまで、涙ながらに訴え続けた。

「私は、国の……皆の為に、なると思ったの!」
「皆、困っていたでしょう!? だから、炊き出しに来ていたんでしょう!?」

 しかし、民達から返されたのは怒声だった。

「黙れ、悪女め!」
「俺らの金を、横領なんてっ」
「お前みたいな奴らがいるから、あたし達が苦労するんだっ」

 いや、声だけではない。容赦なく、サブリナと父に石が投げつけられる。
 昨年の猛暑と嵐、そして虫害で民達は苦しんでいた。
 そんな彼らの鬱屈の捌け口として、サブリナ達は利用された。サブリナは、気まぐれで一回だけしか炊き出しをしていない。それ故、いくら哀れに(と本人は思っているが、言動は上から目線だ)訴えても民にはまるで響かなかった。

「私は……私は、横領なんてしていない! お父様がっ……私は、何も悪くない!」
「うるさい!」

 断頭台に到着し、必死に足掻くサブリナに見せつけるように、まず父親の首が落とされた。次いで、呆然としたサブリナが断頭台に押しつけられた。

「いっ……いや、死にたくな……いやぁあぁぁ……っ!」

 そして我に返り、絶叫したサブリナの首に大きな刃が降り降ろされた。



 ……以上がノヴァーリスが神の力で、領地に戻る為に馬車に乗ったアデライトに見せてくれた、サブリナの死刑だ。
『まだ』婚約者ではないので、リカルドと馬車は別にしている。だからアデライトは遠慮なく、ノヴァーリスと話していた。

「訴えて助かるなら、そもそも地下牢にやられることなどなかったのに……どこまでも、お花畑の住人でしたね」
「ああ。あれだけ無様に喚いたら、歴史に残る悪女になるんじゃないかな?」
「そもそもリカルド達がいないのに、どうして民達に助けて貰えると思ったんでしょうね」

 そう。今もだが、一回目の斬首の時にリカルド達王族や貴族はいなかった。
 アデライト達の死刑で平民達の鬱屈を晴らしこそしたが、その場に貴族や王族がいればいつ民達の矛先が向くか解らないからだろう。

「だからと言ってまさか、新しい婚約者を得る為に出かけていたなんて。一回目は、王都は離れなかったでしょうが、それでも……ふふ……本当に、誰も彼も哀れなくらい愚かですね?」
「ああ。だからこそ君と違って、神が彼女や他の愚者に慈悲を与えることはない」
「それは何より」

 ノヴァーリスは、アデライトに嘘をつかない。
 だから己に与えられた奇跡が、サブリナ達には与えられないと聞いて、アデライトはクスクスと楽しげに笑い続けた。