診察結果は、心労による発熱だった。熱や脈を測ったりされている中、アデライトは先程、父や主治医が口を滑らせた内容について考えていた。
 母であるアンヌマリーが亡くなったのは、アデライトが七歳の時だ。そして、その喪が明けた頃に王宮でのパーティーに参加し、彼女はリカルドの婚約者となったのである。

(だから、今の私はまだ殿下の婚約者ではない)

 それから、気になることはもう一つ。
 診察中、紫の髪の青年はずっといたのだが、やはり誰もそのことに気づかなかった。診察が終わり、横たわったアデライトの枕元に、水差しとグラスを。額には濡れタオルを乗せて、部屋から出ていくまでそれは変わらなかった。
 ……そして、アデライトは再び青年と部屋で二人きりになる。

「驚かない……のは、無理だと思うけど。声は我慢してね」
「……っ!?」

 そう言うと青年はふわり、と宙に浮いて長衣の裾を揺らしながらアデライトの近くまで移動してきた。魔法のないこの世界では、ありえないことだ。
 当然、驚いたが――アデライトは言われた通り、手で口を塞いで何とか声を上げることを堪えた。そんな彼女に目を細めて、青年は浮かんだまま言葉を続けた。

「君の人生を巻き戻したのは、私だよ……君らの言葉だと、神、になるのかな? もっとも何もせず、ただこの世界にいただけだから、人間が祈りを捧げている神とは違うけどね」
「…………」
「ありがとう……見てみたくなったんだ。悪を知った君が、どう生きるかを。もっとも結構、世界に負担がかかったから、今後はほとんど干渉出来ないけどね。私の姿や声は、君以外には届かないし……ん? 大きな声を出さないなら、どうぞ?」

 そこまで黙って聞いたところで、アデライトは発言を求めて手を挙げた。それに神と名乗る青年が頷いてくれると、アデライトは口を塞いでいた手を離して祈るように指を組んだ。

「十分です。神よ、感謝します。彼らを滅ぼす機会を、与えてくれて……あの、私はアデライトと申します。お名前をお聞きしても、よろしいですか?」
「名前? ないよ? ずっと一人だったから、必要なかった……ああ、でも。しばらく君と過ごすなら、あった方がいいかな? 好きに呼んでいいよ」
「え……」

 さらりととんでもないことを言われて、アデライトはしばし考えた。そして小首を傾げるようにして、神を見上げた。

「紫の髪を初めて見ましたが、綺麗ですね……お母様に教えて貰った、薔薇のよう……ノヴァーリス……様は、どうでしょう?」

 アデライトがそう言った途端、神の紫の瞳が軽く見張られ――次いで笑みに細めると、その額をアデライトの額を押し当ててきて言った。

「ノヴァーリスだね……気に入った。ああ、でも様はいらないよ? 改めてよろしく、アデライト」