サブリナの名案は、けれど彼女の目の前で奪い取られてしまった。
 悔しいが、幸か不幸かサブリナはリカルドがアデライトに「君こそ、王太子妃に相応しい」と言ったことは知らない。その前にショックを受けて、王宮へと戻ったからだ。
 だから、サブリナはまだリカルドとやり直せると思っていた。
 自分が別の方法で国の役に立つことが出来れば、リカルドはまた昔のように――そして、悔しいが先程のあの女のように、素晴らしいとサブリナのことを褒めてくれると思っていた。

「お父様! あの女に、負けたくないの……それには、乞食どもに金をばらまくしかないのっ!」
「サブリナ?」

 父であり、財務大臣であるロイド伯爵の執務室に、サブリナは先触れ無しに怒鳴り込んだ。
 リカルドの婚約者である娘の、あまりの不作法さに目を白黒させていると、サブリナは怒りのままに言葉を続けた。

「あの女は乞食どもに媚びを売るのに、税金を取らないようにするなんて言っているけど……そんなことをしたら、困るのは私達のような貴族や王族だわ! それなら多少でも金をばらまいて、不満をなだめて落ち着くまでやり過ごせば良いのよっ」
「だが、サブリナ……お前の助成金は、ほとんど使いきってしまっているだろう?」
「そ、それはっ」

 財務大臣であり、サブリナに求められるままに助成金を渡していたロイド伯爵は、それらがほぼ残っていないのを知っている。そしてだからこそ、父親に民に配る金を融通して欲しくてこうして乗り込んできたのだと。

(愚かな……だが、しかし)

 この娘がいたからこそ一介の外交官でしかなかった自分は、こうして陞爵し財務大臣にまでなれた。
 けれど逆に言えばサブリナが、王子であるリカルドの婚約者の地位を追われてしまえば――ロイド伯爵も、財務大臣の地位を追われて領地に引きこもるしかなくなるだろう。
 それ故、ロイド伯爵は娘であるサブリナに優しく話しかけた。

「……しかし、お前の言うことも一理ある。我ら貴族にとっては税を取らないより、金をばらまいた方がマシだ」
「お父様!」
「財務大臣である私なら、国庫から都合することが出来る……私が何とかしてやるから、お前は妃教育にもう少し身を入れて殿下や妃殿下に愛想を振るのだぞ?」
「ええ、本当にありがとう、お父様!」

 そう言って、涙ぐみながらも笑顔で父親に抱き着く姿は、それだけを見れば微笑ましかった。
 けれど、ロイド伯爵がやろうとしているのは自分の財産を使うのではなく横領で――娘であるサブリナはそれを知りつつも止めず、むしろ笑って唆していた。