始まりは、連日の猛暑だった。
 しかし、それだけならまだ乗り越えられただろう。だが、本来なら恵みの雨となるところが嵐となったことで作物を押し流し、僅かに戻った緑も更に飛蝗(バッタ)の大発生により食い尽くされた。結果として、王国は深刻な食糧不足となったのである。
 もっとも、貴族の生活にさほど変化はなかった。
 アデライトが、王宮で暮らしていたからというだけではない。流石にパーティーやお茶会の数は減ったがそれでも皆無ではなかったし一回目同様、王立学園で天災を理由に退学する者はほぼいなかった。

「婚姻による中退者はいたけどね」
「そうですね……まあ、今までもあった話ですけどね」

 馬車で移動しながら、アデライトとその向かいに腰掛ける(ようにして浮いている)ノヴァーリスはそんな話をした。
 王立学園は王宮を取り囲む、貴族街――と言っても、稀に平民も入るので平民街寄りのところにある。とは言え、貴族令嬢なのでアデライトの移動は馬車だ。
 話を戻すが災害の後なので、主に家や領地の為の婚姻だ。それでもアデライトの言う通り多少、多いくらいで今までもなかった訳ではない。だから、やはり貴族の生活に『は』さほど変化はなかった。
 けれど、王都や領地に住む平民達は違う。
 多少の減免こそされたが税は無くならず、結果として農民は己の食い扶持分も差し出すことになった。そして農民以外の民も、多少の蓄えがあってもそもそも食料がない為、やはりひもじい日々を過ごすことになった。
 ……ただ、いくら貴族であってもアデライトは未成年であまり自由に出来るお金はなかったので、一回目の災害の後は炊き出しを月に一回出来るかどうかだった。
 それでも平民達や孤児達に感謝こそされたが、王子の婚約者なら当然だと思われたのか――いや、もしかしたら冷遇されているが故のご機嫌取りとでも思われたのか、ほとんど話題にも上がらなかった。
 だが、巻き戻った今は違う。

「アデライト様!」
「聖女様だ!」
「今日もありがとうございます、聖女様!」

 一介の令嬢が月に何度も、そして何年も王都で奉仕活動を行っていることを人々は称賛した。
 更に災害後も毎週、変わらずに炊き出しを続けたことで、アデライトは人々からいつしか聖女と呼ばれるようになっていた。そんな彼女を、エセルが新聞記事にしてくれたから尚更である。
 そして今日も、アデライトは王都の平民街にある広場へとやって来て、集まった平民達に微笑みかけた。

(……今日も、施しに縋りに来たのね)

 心の中で、当然のように炊き出しに来ている彼らをそう嘲りながら。