春季休暇は十日くらいと、夏季休暇や冬季休暇と比べて短い。それにまだ、社交シーズンは終わっていない。
 それ故か、王妃の招待状には二日後、王宮に来ることと迎えの馬車を用意することが書かれていた。解ってはいたが、こちらの都合をまるで聞いてこない辺り笑うしかない。

「傲慢だね」
「王妃『様』ですからね」

 などとノヴァーリスと話していると、学生寮で招待状を見せたエルマがワナワナと震えた。そしてキッ、と顔を上げて言う。

「すぐに支度しなければ!」
「まあ、お茶会は明後日よ?」
「王妃様への謁見です! 私は、一緒にはいけませんが……美容師を頼んで、アデライト様を当日までに磨きあげなければ!」
「まで? 明後日では駄目なの?」
「お屋敷ではないのですから……普段から、お(ぐし)や肌を整えたりはしておりますが。ドレスやアクセサリーはともかく、より美しくする為には時間と、専門家の力が必要でございます」
「そう……それならエルマ、お願いね」
「かしこまりました!」
「当日、褒めて頂いたらエルマのおかげだと伝えるわね」
「あ……ありがとうございます!」
「どういたしまして……ああ、外に出るのなら手紙も届けてちょうだいね」
「お任せ下さい!」

 王妃という餌に飛びつくエルマに、内心嗤いながらも表面上は決して見せない。これくらいで働いてくれるのなら、一回目でも使っていればよかった。

(……いえ、駄目ね。一回目では、王妃に放置されていたから)

 妃教育を兼ねてのお茶会こそあったが、その状況を知っていたエルマには通用しなかっただろう。逆に、王妃の威を借るなと嫌がらせが酷くなったと思われる。

「ノヴァーリス、巻き戻してくれてありがとうございます」
「アデライトの努力の結果さ」

 はりきるエルマを尻目に、アデライトとノヴァーリスはそう言って笑い合った。



 終業式の翌日、新聞社で働くエセルのところに、一人の娘が現れた。二人で話をしたいと言う彼女に対して、編集長は新聞社の一室を使わせてくれた。
 エセルより少し年上の、貴族の令嬢と思われるが気の弱そうなその娘は、エセルにある申し出をしてきた。

「単刀直入にお聞きします。あなたの支援者の弱点を教えて頂きたいのです……どんなささいなことでも良いですから」
「……僕に、アデライト様のことを裏切れと?」
「裏切るなど、そんな! 私はただ、主人の力になりたくて……もちろん、ただでとは言いません」

 本心なのか、主人とやらに言い含められたのかは解らないが――金茶の髪をした娘は、そう言って取り出した袋を机の上に置いた。失礼、と断って見ると中には金貨が小さい袋いっぱいに入っていた。

「話を聞かせて頂ければ、お礼として差し上げます。主人の為にどうか……どんなことでもっ」
「……これから話すことは、領地では知られた話です。それでも、金を払ってまで聞きたいですか?」
「ぜひっ!」
「ミレーヌ・ハルムという女性について、ご存じですか?」

 そう切り出して、エセルはミレーヌが昔、国王のお手付きとなったことで王妃から解雇されたこと――そしてその後、アデライトの家庭教師となり、今はベレス領で暮らしていることを明かしたのだった。