数年に一度だが平民も通うことがある為、王立学園には『学園内では、権力を振りかざしたり身分で差別をしないように』という決まりがある。
 もっとも、あくまでも建前だ。そうでなければ、高位貴族の面々を集めたこんなクラスは存在しない――まあ、おかげで婚約者ではなくてもリカルドと同じクラスになれるので助かるが。

(今思えば、子爵令嬢のサブリナがどうして、このクラスにいたのかしら……リカルドが、手を回したのかしら?)

 そんなことを考えながらアデライトが教室に入ると、途端に視線が集中した。

「……あの方は?」
「どこの令嬢だ?」

 高位貴族の子息令嬢であれば、成人としてのお披露目前にお茶会などの交流で互いの顔を知っている。それ故、先に教室に来ていた生徒達は見覚えのないアデライトに、何者かと思ったのだろう。
 そう言えば、一回目もこうだった。もっとも、今回とは理由が違う。
 巻き戻った今は領地から出なかったからだが、一回目の時は王都にこそいたが王宮で妃教育を詰め込まれ、王立学園に入学するまで出歩けなかったので顔を知られていなかったのである。

(リカルドの隣にいたから、婚約者だと解って……でも、すぐにリカルドが無視しているのが解って、途端に関心を失うか見下されたのよね)

 勿論、肩書きとしては王子の婚約者であり、侯爵家令嬢なので面と向かって悪口は言ってこなかったが――陰気で面白みのない娘だという陰口や、アデライトから挨拶をしても無視されることはよくあった。さて、巻き戻った今ではどうだろうか?

「……おはようございます。アデライト・ベレスと申します。よろしくお願いします」
「お、おはようございますっ」
「よろしくお願い致します」

 教室に入った途端、視線が集まったのにアデライトは俯かず、逆に同級生達を見返す為に小首を傾げるようにして微笑んだ。
 正体が解ったこともあり、挨拶を返してきた同級生の表情は概ね好意的だ。すると二人の令嬢が、目を輝かせてアデライトに話しかけてきた。

「ごきげんよう! 私、ドミニク・ブランと申しますわ……ベレス侯爵領とくれば、あの薔薇の香水で有名なところですよね?」
「ウラリー・レニエと申します! 私も、化粧品やお茶を使わせて頂いてますわ!」
「まあ……ありがとうございます。確か、ブラン伯爵領は林檎のお酒やお菓子が、レニエ伯爵領は保養地として有名なところですよね?」
「「よくご存じで!」」

 それぞれの領地についてアデライトが口にすると、ドミニクとウラリーは誇らしげに笑って答えた。
 華やかな印象の彼女達は伯爵令嬢で、一回目でもお洒落で流行に敏感だった。そして身分こそ下だが、リカルドに可愛がられていたサブリナと仲良くし、アデライトの陰口を言っていた。そのお礼にか、サブリナから隣国の珍しい化粧品やお茶を貰っていたのを覚えている。

(今は、ハルティ商会はむしろ我が家と懇意だし)

 それでも、王子の婚約者であるサブリナにもすり寄るかと思ったが――エセルの情報によるとサブリナは、彼女達が開催したお茶会に招待状がないのにリカルドと共に押しかけ、自分の新しいドレスを自慢したと言うので可能性は低いだろう。確かにお茶会は流行りのドレスを披露する場所ではあるが、他の参加者のドレスを全く褒めずに自分だけ賛美を求めるのはいただけない。

「初めまして、私は……」
「ようこそ、王都へ! 僕は……」

 そんなことを考えていると、ドミニク達とのやりとりをきっかけに、他の生徒達もアデライトに話しかけてきた。一回目と同じ面々の、しかし全然違う反応にアデライトも先程のように、それぞれの領地の特産を口にして微笑みかけた。一回目で覚えていて一応、自分の領地のように相違がないか確認した情報だが、同級生達は知らないのでアデライトに知られていることに、素直に驚いたり喜んだりしている。

「……来たよ」

 そうしているうちに頭上から、今まで黙って見守っていたノヴァーリスの声がした。