学生寮には、色んな事情で下級貴族が入ることもある。そんな貴族の令息令嬢が入る部屋も、更に一人までと数は決まっているが、使用人の為の部屋も隣に用意されている。
 流石に学生寮では、屋敷のようにベルを鳴らして呼ぶことは出来ない。だから学生寮では、朝は決まった時間に合鍵で使用人が主人の部屋に入り、身支度を手伝ったり主人が希望するなら、朝食を食堂から部屋に運んだりする。
 アデライトは、朝の支度と食事の手配。そして昼は、洗濯の手配(貴族の場合は、学生寮で雇っている洗濯女に頼める)や部屋の掃除。あと、夜は食事や入浴の世話(貴族用に、小さいが部屋に浴槽がある)をエルマに頼んだ。
 とは言え、それらが終わって寝るまでは、アデライトは一人――いや、ノヴァーリスとこうして部屋で二人きりである。

「割と付きっきりだけど、大丈夫かい?」
「ええ、あと少しで学校が始まりますし。夜にはこうして、ノヴァーリスと話せますから大丈夫ですよ?」
「それは良かった」
「一回目の時と違ってため息をついたり、髪をわざと痛く梳かされたりしませんし……むしろ、必死なのがおかしいです」
「……君の感覚は、たまにおかしいね?」

 一回目の時を振り返りながら言うと、ノヴァーリスが笑みを消して眉を顰めた。使用人に対する忍耐力など本来、令嬢には必要のない能力だが今、こうして笑って流していられるので無駄ではなかったと思う。
 ちなみにエルマは高位貴族の令嬢なので、入浴の手伝いはともかく(お付きの侍女はやることなので)掃除は嫌がるかと思っていた。
 しかしエルマは文句ひとつなく、黙々とアデライトの部屋を片付けている。あまりに素直で窃盗目的かと思ったくらいだが、数日経っても今のところは特に何も盗られていない。

「まあ、ここで辞めさせられたら領地に戻るしかないですからね」
「最初は怠け者の馬鹿かと思ったけど、そんなに仕事が好きなのかな?」
「仕事、と言うより……王妃に心酔していて、離れたくないんでしょうね。今にして思えば、私にきつく当たっていたのは義理とは言え、娘になるからだったと思いますから」

 だから巻き戻った今、今回は婚約者になったサブリナにも大っぴらにではないにしろ、きつく当たって――結果、解雇されたのだろう。確かにサブリナは、黙って耐えるタイプではない。
 そんなことを考えていると視線の先で、ふ、とノヴァーリスがエルマの部屋の方に目をやった。

「元同僚宛に、君の侍女になったと手紙を書いているみたいだね」
「ああ……流石に直接、王妃には手紙を送れませんから。元同僚経由で、王都にいることを伝えたかったんでしょう」
「それもあるけど……侯爵家の君が、とても素晴らしい令嬢だと書いているね」
「まあ。狙い通りで、安心しました」

 一回目のサブリナの学力や礼儀作法の様子を考えると、まだまだ王妃教育を終えるのに時間がかかるだろう。いや、おそらくだが王立学園卒業後も間に合わない可能性が高い。
 そんな中、家柄的にも能力的にも問題のない令嬢が現れれば――王宮には、辞めさせられたエルマの他にも、サブリナを疎んでいる者もいると思われる。そんな者達は、今回のエルマのようにそれとなくアデライトを推すだろう。
 一回目は、リカルドを庇う目的もあるが、王妃は冷遇されていたアデライトを見限って、リカルドが愛したサブリナを新しい王太子妃にしようと思われる。まあ、アデライトが斬首された後、サブリナが妃教育をやり遂げられたかは知らないが。

「サブリナからリカルドを奪う為には、外堀を埋めて見限らせないといけませんからね」
「そうだね」

 呟いたアデライトも、そしてそんな彼女に相槌を打ったノヴァーリスも、花が綻ぶように綺麗に微笑んでいた。