主治医であるパウルが診察したところ、ミレーヌの母は栄養失調だと解った。何でも、ミレーヌが送っていた賃金が母に届いておらず、彼女が王宮にいた数年間ですっかり衰弱して普通の食事を受け付けなくなっていたらしい。診察後、パウルは優しくミレーヌの母に話しかけた。

「栄養失調は、病気ではないと思われるかもしれませんが……重度だと、死に至ります。胃に負担のかからない範囲で栄養価が高い食事と、点滴や薬を併用しましょう」
「……でも、うちにはお金が」
「お母様、お願い……お金は私が頑張るから、お母様も私の為に頑張って? 私にはもう、お母様しかいないの……」 
「ミレーヌ……解ったわ。だからもう、泣かないで?」
「お母様……」

 まだ完治した訳ではないが、一回目の母親の死は栄養失調が重度化しての衰弱死だったと思われる。それでも最初は遠慮して、治療を拒もうとした母親をミレーヌは涙ながらの説得で思い留まらせた。そのことに安堵しつつ、アデライトは部屋へと戻った。

「賃金が届いてなかったのは、お手付きになる前からって話だから……王妃が手を回した訳じゃ、ないのかな?」
「そうですね。王妃のお気に入りに対する、嫌がらせだったかも……とは言え、王妃はミレーヌを気に入るあまり、里帰りを許さなかったそうですから。母親が、邪魔だったかもしれませんね」
「で、彼女を選んだのはそれだけの理由?」

 そう尋ねて、宙に浮かんでいたノヴァーリスがアデライトの顔を覗き込んできた。
 その紫色の瞳を、真っ直ぐに見返して――アデライトは、ミレーヌを家庭教師にしたもう一つの理由を口にした。

「……王妃が求める淑女は男性に甘えず、支える為に学び、けれど出しゃばらずに男性に尽くす女性でした」
「ふぅん?」
「確かに王妃として、そして貞節な妻としては求められる姿です。けれどそれは、リカルドの求める女性ではなく……だからこそ、サブリナのように甘えて褒めてくれる女性を選んだと思います。ですがサブリナ自身がいるのに、真似をしても仕方ないでしょう?」
「確かに」
「そして、ミレーヌ様を見て思いました。清楚で上品。たおやかで、自分から甘えなくても見ていて手を差し伸べたくなる……前に言われたことを考えると、リカルドはミレーヌ様のような女性こそ理想なんだと思います」
「成程ね」

 あと、口には出さないが――庇護欲もだが、同時に嗜虐欲も掻き立てるタイプだ。国王のお手付きになったのも、母親を間接的に殺そうとしたのも、彼女が苦しみ悲しむ姿を見たかったからかもしれない。

「だから、ミレーヌ様の言動を真似する為に家庭教師をお願いしました。王妃の影響を考えると今後、他の家庭教師からは学べなさそうですので」
「成程ね」
「それに、礼儀作法だけではなく王立学園を首席で卒業した彼女からなら……色々と『学んだことに出来る』と思います」

 そう答えて、にこりと微笑むアデライトに――ノヴァーリスも満足したのか、綺麗に微笑み返してきた。