さっきの出来事が頭の中からなかなか離れず、イライラがまだおさまらないけれど、わたしは気持ちを切り替えるべく、深呼吸を繰り返した。

そして、ようやく辿り着いた社長室のドアを3回ノックする。


そうすれば、社長の朗らかな声が聞こえてきて、私は静かにドアを開くと、足を入れた。


そこにはもう既に社長の言っていたあの〝御曹司〟が来ていたようで、何やら2人で話しているようだった。

私は慌ててダンボールを部屋の隅に置くと、その〝御曹司〟の背中の後ろに立った。


……あれ?

何だか見覚えのある嫌な背中に、私は思わず口元を抑えた。

この背中……まさか……。


嫌な予感に、背中が凍てつく。


まさか…………もしかして。


掌と額にじんわりと滲み始める嫌な汗。


「あぁ、白藤くん。紹介するよ、彼が私の息子、立花 圭(タチバナ ケイ)だ」


社長のその紹介の声と同時に振り返る背中。徐々に目に映り込んでくるのは、やっぱりさっきぶつかったあの“最低男”だった。

彼も私が秘書であることに驚いたのか、奥二重の綺麗なアーモンド型の目を大きく見開く。

けれどその刹那、彼は私に不敵な笑みを浮かべた。


「はじめまして。今後、よろしくお願いします。白藤雪さん」


綺麗な弧を描いた彼の唇と目。けれどそんな彼の表情には何の愛想も優しさも感じられない。


私はこれから、こんな最低最悪性悪生意気御曹司の秘書を…?


絶望に駆られながら、思わず固唾を飲んだ。


「こちらこそ、よろしく…お願い致します……」


震えながら言葉を紡ぎ、深く頭を下げる。キラリと光る指輪を見て、私は何度も何度も心の中で唱えた。大丈夫大丈夫、頑張れ私……と。


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