どうやら、矢鏡に少しは興味をもったようだ。暇つぶしの相手にはなると思ったのだろう。
 それでもいい。自分の知らない知恵を借りれるならば、バカにされても見下されてもかまわない。神になったからと言って鼻を高くするほどおごってはいない。元は怪物と言われた人間なのだから。

 「俺の神社を大切にしてくれている人間が、ある蛇神に呪いをかけられている。体を蝕んでいるようで命が危ない。自分にはこのように力が足りないのだ。蛇の呪いを祓う方法はあると思うか」
 「蛇神が人間に呪い?そんな事があるのか」
 「実際、低級の蛇の呪いは俺が祓んだ。だが、それよりも深い所で呪いが体をついているんだ。最近では、その人間はかなり苦しみ弱っているんだ。どうにか助けたい」
 「………なるほどな。その人間を助けないと自分も消滅するからな」
 「そう、だな」


 自分が消滅する事は今となってはどうでもいい。
 力を全部使って彼女が助かるならば、その方法を躊躇なく選ぶだろう。けれど、それだけでも蛇神の呪いには勝てないということは、矢鏡であっても理解している。
 だから、蛇神よりも神力が強く、蛇よりも強い龍に助けを求めたのだ。龍は水神として古くから人間に大切にさえれてきた存在だ。水は生活をする上で欠かせない存在だ。今現在人間が使用している「蛇口」。昔は「蛇体鉄柱式共同栓」と呼ばれていたようだ。その蛇は龍という字を使用する予定だったが、簡素化などの理由から龍ではなく蛇口となった。それぐらい、水神として龍は大切にされてきたのだ。

 だからこそ、今でも絶大な力を保持している。
 そして矢鏡が人間だったた頃よりも遥か昔から生きている存在だ。知恵も深いはずだ、と考えたのだ。
 矢鏡の問いかけ後、しばらくの間の沈黙があった。その間にも矢鏡の近くを参拝者の婦人2組が参拝道である階段をゆっくりと登っていく。その人間達からは、とても心地のいい気を感じられる。この神社を参拝するのを嬉しいと思っているのだろう。そんな人間が毎日訪れるのだ。矢鏡は、昔に感じていたその感覚を思い出しながら2人の背中を眺めていた。