十、



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 あれは、何百年前の事か。
 もう正確な数字など覚えてもいない。自分が人間だった頃の話しだ。

 こんなに文明も発達していない日本では、まさに弱肉強食の世界だった。身分が高い人は、女や子ども、老人には厳しく、お金がない人間には興味がない。今もそうかもしれないが、表立ってそれを態度に出す人間もその時代は多かった。それが普通だからだ。
 もちろん、優しくしてくれる人間も居たが、それは大体が辛さをわかってくる同類の人。そのため、生活が苦しく、共倒れするか、やはり途中で捨てるかしかなかった。



 そんな矢鏡もそんな、底辺で生きる人間であった。

 矢鏡は両親に捨てられた。
 原因は生まれながらに銀色の髪のせいだった。生まれてすぐに、銀色の髪だとわかった両親は赤子を隠しながら育てた。外に出ることもせず、必ず頭から布を被せて、隠し続けた。けれど、そんな事をいつまでも続けておけるはずもない。矢鏡が大きく成長すると、狭い部屋に飽きてしまい、外に出ていってしまう。頭の頭巾を被るように伝えていたが、ある年の夏に暑くて川に飛び込んだ時に頭巾が取れてしまったのだ。それを見た近所に住む友人達は、一気に顔色を変えて怯えた。


 「化け物だ……。あいつは化けもんだった!!」


 そう恐れ、泣きながら矢鏡を残して走り逃げてしまったのだ。
 黒髪やちょっとした茶色の髪しか見たことがない人間にとって、透けるような銀髪の人間など見た事も聞いたこと事もなかったのだろう。そんな未知の存在との出会いは恐怖しかないはずだ。それは自分でもわかっているけれど、悲鳴を上げて、鬼でも見た方のように逃げられてしまうとやすがにショックを受けてしまう。

 小さな村だ。そんな噂はあっという間に知れわたってしまった。
 それから、矢鏡の家族は村で疎外されるようになったのだ。無視されるのは当たり前。それくらいならば、まだいい方だった。店で食材を買わせてくれなかったり、罵倒されたり、母親は叩かれたりもした。初めは両親も我慢していたが、精神的に参ってくると、全て矢鏡がいるせいだ思うようになった。村人のように無視をするようになり、罵倒し、食事を出さなくなり、ついには家を追い出されたのだ。
 矢鏡はそれでも両親を恨む事はなかった。自分がいるせいで両親が苦しんでいるのを間近で見てきたのだ。自分が捨てられるのは仕方がないな、と思っていた。それに、両親に気を使ったり、苦しめられるぐらいなら一人で生きていこうと幼いながらに思ってしまっていたのだ。
 両親は、少しのお金と弓矢や短剣、少しの衣服と母親が大切にしていた手鏡と共に家を出した。少しは、愛情が残っていたのだろう。それには矢鏡も感謝した。
 そのまま町を出て森で住むようになった。町の近くでは、矢鏡の存在を知っている人ばかりなので、森で出会ったり、食材などを町に買いに行けない。そのため、その村から離れた地で生きる事にした。

 そのため何日も昼間は森を歩き、夜は木の上で寝て過ごして、山の中の廃小屋を見つけ、そこに住み着くようになった。自分で狩りを独学で学び、その食材を村で売りに行き、お金にしたり、自給自食で生きていくようになった。
 危険な事もあったが、他の人達の狩りを盗み見たり、街で売っている野草を見てどんなものが食べれるかなどを勉強などもした。もちろん、街に行くときは銀髪は隠していく。