クルミは歯を食いしばり、どうにか灯油缶を持ち上げると家の周りに透明な液体を巻き始めた。


液体は刺激臭を放っていて、長時間においをかいでいると気分が悪くなりようだった。


しかしクルミの手際はよかった。


灯油缶をすべてまき終えると、家の裏手へと戻っていく。


裏から火をつければ生垣の隙間からすぐに逃げ出すことができる。


家の横側からだと高い塀が立っているので逃げることは困難だ。


クルミ自身はとても緊張していてそんなことまで気が回っていなかったが、体は勝手に動いてくれる。


もう少し。


もう少しで私は自由になれる。


その期待だけを胸に秘めて裏へと戻ったときだった。


黒い人影が見えてクルミは咄嗟に身を隠した。


こんな時間に一体誰だろう?


お手伝いさんはもうみんな帰ったはずだし、両親も眠っているはずだ。


ドクドクと心臓が高鳴る中、クルミはそっと顔だけ出して人影があった場所を確認した。


そこは勝手口だったが人の気配はない。


こんな時間に勝手口から誰かが出入りすることはないから、きっと見間違いだったんだ。


たとえば少し大きな野良犬とか、そういう野生動物が横切っていったのだろう。


クルミは自分にそう言いきかせ、点火棒をまいた灯油に近づけたのだった。