それを見たクルミは一瞬顔をしかめたが、すぐにまた悲しげな表情に戻った。


自分はこのライター1個自由に買うことができないんだ。


そんな人生になんの価値があるというんだろう。


経営学を叩き込まれて知識ばかりが増えていっても、それは本当に自分がやりたいことではないのに。


クルミは目の前に落ちているライターに手を伸ばした。


普段なら踏んづけて歩くようなそのゴミを大切そうにポケットにしまう。


たとえばこのライターで家に火をつけることができれば、自分の人生を位置からやり直すことができるんじゃないか。


考えながらフラリと立ち上がる。


クルミの脳内に家が燃えているイメージが浮かんできた。


ゴウゴウと炎の音を立てて燃え盛る屋敷。


オレンジ色の熱から必死で逃げまどう両親たち。


その髪が、皮膚が、炎によってチリヂリに溶け出していく。


人の燃える強烈な臭いが鼻腔を刺激して、吐き気がこみ上げてくる。


そこまで想像したクルミは少しだけ気持ちが落ち着いて、ゆっくりと帰路を歩き出したのだった。